パウロ外伝 修行編1話【水神流】


甲龍歴399年。

パウロ、12歳。
上級貴族ノトス・グレイラット家の長男として生を受けた彼は、家の名も貴族の特権も捨てて、ただのパウロになった。

ラッド
「はぁ!? 家を出て来ただぁ!?」

メリーアン
「思い切ったことしたわね……」

パウロ
「ああ、自分でもそう思う。
衝動的に飛び出した自覚はあるからな……。
でも、後悔はしてない」

パウロ
「今ではむしろ清々しい気分なんだ。
いつかは同じ選択をしてただろうし、それが少し早まったってだけのことで……うん……」

ラッド
「なんだなんだ? はっきりしねぇな?」

パウロ
「いや……衝動的に、
着の身着のまま飛び出すことになったから、準備も何もしてなくてさ……その、手持ちが……」

格好良く、意気揚々と家出をした。
しかし少し頭が冷えて状況を顧みれば、パウロは何ひとつ持たない、無一文の少年だった。

パウロ
「それで、だな……。
もし良かったらしばらく泊めてくれないか?」

メリーアン
「しばらくなんて言わないで、ずっといたらいいのに……ね、兄さん?」

ラッド
「ああ、そうだぞ!
狭い家だがお前ひとりくらい住める!」

メリーアン
「ふふふ、兄さんもこう言ってるわ。
だからパウロ、遠慮なんてしなくていいのよ」

パウロ
「ふたりとも……。
ありがとう、すごく嬉しいよ」

パウロはふたりに微笑みかけた。
温かい言葉に知らずに張っていた肩の力が抜けていく。

パウロ
(出会いこそ物騒だったけど、今では気が置けない相手になってるんだよな……)

パウロ
(だからこそ……)

屋敷を出て、パウロの足はまっすぐラッドとメリーアンの家に向かった。
ドアを開けてふたりの顔を見た時から、心は決まっている。

パウロ
「……ラッド、明日みんなを集めてくれ」

ラッド
「ん? ああ、わかった!」

ラッドはそれ以上何も聞いてくることはなく、パウロはホッとした。

パウロ
「はぁぁ……今日はなんだか疲れたから、もう休ませてもらうよ。
ふたりとも夜遅くに悪かったな!」

ラッド
「いいさ! 気にするなって!
オレたちの仲じゃねぇか!」

メリーアン
「………………」

その後、ラッドは自分のベッドを貸してくれようとしたが、パウロはそれを丁重に断った。

パウロ
(ラッドのことは嫌いじゃないが、男の臭いが染みついたベッドはゴメンだ)

毛布だけ借りて、適当な空き部屋でそれにくるまった。

どれくらい時間が経っただろう。

パウロ
(……ん?)

メリーアン
「……パウロ、まだ起きてる?」

パウロ
「ああ、起きてるよ」

正確には眠っていたが、近づいてくる気配に目が覚めた、だ。
しかしそんな様子は微塵も見せずにパウロは目を開く。

パウロ
「どうしたの? 眠れない?」

メリーアン
「ええ……少し、気になることがあって……」

パウロ
「気になること?」

メリーアン
「そう……あのね、さっきの――くしゅん!」

パウロ
「!」

メリーアンがくしゃみしたのを見て、パウロはハッとする。
今までベッドにいたのか彼女は薄着だった。

パウロ
(そういえばメリーアンは、身体が弱いって言ってなかったか?)

パウロ
「メリーアン、こっちに来なよ。
その格好だと風邪をひいてしまう」

メリーアン
「う、うん……」

パウロ
「これ、俺が使ってたので悪いけど、毛布」

メリーアン
「ありがとう……」

パウロ
「お礼なんていいよ。
もともとこの家の物なんだし」

パウロは自分がくるまっていた毛布をメリーアンの肩にかける。
彼女は頬を染めてもう一度お礼の言葉を口にした。

パウロ本人に自覚はないが、いくら家を捨てたと言っても、これまでに身につけていたレディファーストの習慣は消えたりしない。

パウロ
「それで、メリーアンは何が気になって、俺のところに来たんだ?」

メリーアン
「さっき、いつまでもうちにいてって話した時のパウロの様子が、ずっと気になっていたの……」

メリーアン
「パウロ……言ってくれなかったでしょう?
ずっとここにいる、って……」

パウロ
「………………」

メリーアン
「黙ってるってことは、やっぱり……。
しばらくうちに泊まって、それからパウロは、どこへ行くの?」

パウロ
「……まだ、決めてない。
でも準備が整ったら、俺はスラムを出て、旅をしてみようと思ってる」

メリーアン
「!! そんな……どうして……?」

その問いに答えるかどうか迷う。
だが、真剣な顔をするメリーアンを前に、適当にごまかすのは不実に思えた。

パウロ
「この領内にはいられないんだ。
俺の実家がどこなのか、まだ話してなかったよな?」

メリーアン
「うん……」

パウロ
「俺の名前は、パウロ・ノトス・グレイラット。
ノトス・グレイラット家の長男として生まれた」

メリーアン
「ノトス・グレイラットって……領主の……!?」

パウロ
「そう……まぁ、もう捨てた名前だけどな!」

目を丸くするメリーアンに、パウロはつとめて明るい笑顔を見せる。

パウロ
「俺を追い出したいヤツらと、出て行きたいって俺の気持ちが一致してるから、どうこうされるとは思わないけど……」

パウロ
「それでも、領内にいるべきじゃないだろ?
家は出たけど、家の影響力がある領内にはいます、なんて、なんか格好悪いしさ」

メリーアン
「そう、だね……。
パウロの言いたいことは、わかるわ……」

メリーアン
「でも、だったら……わたしたちとは、お別れするってこと……?」

パウロ
「……そうなる、な……っと!」

パウロの胸にメリーアンが飛びこんで来た。
彼女の身体を抱きとめれば、細い肩が震えているのに気づく。

パウロ
「メリーアン……?」

メリーアン
「……だけ……少しだけ、こうさせて……」

パウロ
「……ああ」

そのまま夜が明けるまでの間、パウロはメリーアンを抱きしめて――いられるはずもなく。

パウロ
「……メリーアン、目を閉じて」

メリーアン
「え……?」

パウロ
「今、どうしようもないくらい、君に触れたい……」

パウロ
「メリーアンも、同じ気持ちだといいんだけど……」

メリーアン
「……ん……きっと、同じよ」

パウロ
「ラッドが起きたら大変だ。
声、抑えられる?」

メリーアン
「ふふ、大丈夫よ。
兄さんは一度寝たらなかなか起きてこないわ」

メリーアンがくすくす笑う。
可愛らしい女の子の、色っぽさが混じった表情。

パウロは背筋がゾクゾク粟立つのを感じながら、彼女との濃密な夜を過ごしたのだった――。

翌日、ラッドが仲間たちを集めてくれた。
パウロは実家の名前を伏せたまま、昨夜メリーアンに話したのと同じことを話す。

パウロ
「というわけで!
短い間だったけど世話になったな。
旅支度ができるまで、まぁ、あと少しよろしく」

ラッド
「ああ、わかった!」

スラム街の悪ガキA
「ラッドさん!? いいんですか!?」

ラッド
「――なんて言うわけねぇだろ!
ボスが簡単に群れを離れられると思うなよ!」

パウロ
「思うなよって言われてもな……。
俺の意思は変わらないぞ」

パウロ
「ボスの座はラッドに返す。
だから俺が来る前に戻るだけだ」

ラッド
「ふざけんな!
そう簡単に譲れるモンじゃねぇんだよ!」

ラッド
「それになぁ……今さら!
お前と出会う前になんか戻れるか!
人との出会いってのは簡単に消したりできねぇんだよ!」

パウロ
「ラッド……」

パウロ
「……じゃあ、どうするって言うんだ?
またお前とやり合うか?
勝ったら出て行く……そんなことをしろって?」

笑顔で送り出してほしいとは思わないが、ギスギスとした禍根の残る別れはしたくなかった。

ラッド
「お前ともう一度やり合う?
それも悪くねぇな!
だけどよ……もっといい解決策があるだろ?」

パウロ
「解決策……?」

ラッド
「オレたちもつれて行けよ!」

パウロ
「は……?」

ラッド
「一緒に来いって言え!
ほら! 早くしろ!」

パウロ
「い、いやいや、待て!
お前は何を言ってるんだ!?」

パウロ
「俺は領外に出るって言ってるんだぞ!?
それも! 目的地があるわけでもなく!
何をしたいわけでもないのに!」

ラッド
「おお! それ自分で言うんだな!」

パウロ
「そうだよ! 我ながら計画性皆無だ!
そんな旅について来るって!?
お前ら正気か!?」

集まっている青少年たちを見わたしながら聞けば、全員ではなかったが、決して少なくない数の頷きが返ってくる。

ラッド
「期待に応えてくれよ。
こいつらと、もちろん、オレの期待にも」

パウロ
「っ……でも、ラッド……、お前、メリーアンはどうするんだ?
ひとりスラムに置いていく気か?」

ラッド
「!! そ、それは……」

ラッドが目を泳がせた。
冷や汗をかく様子を見てパウロはハッとした。

パウロ
(顔を見ればわかる……)

パウロ
(こいつ、そこまで考えてなかったな!?)

今朝まで腕の中にあった、柔らかい身体と甘い香りを思い出す。
パウロは思わずラッドに掴みかかった。

パウロ
「お前……! メリーアンみたいに可愛い子をひとりにしたら!
どこの誰とも知らないヤツに、何されるかわからないだろ!?」

ラッド
「ああ!? オレがそんなことさせねぇよ!」

パウロ
「どうやって!?
お前は一緒に来るって言ってたじゃないか!」

ラッド
「ッ……じゃあ!
メリーアンもつれて行けばいいだろ!」

パウロ
「はぁ!? 本人の意思は!?」

パウロとラッドが互いの胸ぐらを掴んで言い合っていると――。

メリーアン
「わたしも一緒に行くわ!」

パウロ
「メ、メリーアン……!?」

さっきまで、彼女はここにいなかったはずだ。
いつの間に来て、話を聞いていたのだろう。
まっすぐな目でパウロを見てくる。

メリーアン
「わたし、本気よ。
パウロについて行く」

パウロ
「でも……」

メリーアン
「兄さんがついて行くからじゃないわ。
最初に話を聞いた時から、真剣に考えて出した答えよ」

メリーアン
「わたしも、つれて行って。
あなたと一緒にいたいの……」

憎からず思っている女の子に懇願され、力を認め合っている青年に信頼され、多くの者たちに慕われて……。

たくさんの想いを向けられて、パウロの腹がようやく座る。
深く息を吐いて全員を見わたした。

パウロ
「わかった。言うよ」

パウロ
「俺は領の外へ出て行く!
あてのない旅だ! それでもいいと思うなら、みんな俺について来てくれ!」

スラム街の悪ガキA
「おおーっ! もちろんだ!」

ラッド
「そうと決まれば旅支度だ!
テメェら! 金と装備の支度を済ませろ!
明日の朝には出立するぞ!」

パウロ
「明日の朝? そんなに急で大丈夫なのか?」

ラッド
「事情は知らねぇが、早く出て行きたい理由があるんだろ?」

パウロ
「!! ああ……」

ラッド
「ここに残るヤツもいるだろうが、ほとんどのヤツは一緒に行くはずだ。
退屈はしねぇだろうよ」

パウロ
「……それは言えてるかもな。
楽しい旅になりそうだ」

パウロ
(何より、メリーアンがいるしな)

チラリと彼女を見れば、照れたような顔で笑みを向けられる。
デレッとにやけるパウロに、ラッドが首を傾げていた。

翌朝早く、パウロたちはノトス・グレイラット家が治めるミルボッツ領を出るために、スラム街を出発しようとしたのだが――。

パウロ
「俺を探してるヤツら?」

ラッド
「ああ。スラム街を囲むように、武装したヤツらがいるみたいだぜ?
なんでも貴族の息子を探してるんだとよ」

パウロ
「だからって、俺とは限らないだろ?」

ラッド
「はぁ? スラムに出入りする貴族のガキが、お前以外にもいるってのか?」

パウロ
「……いないな。
そんな気概のあるヤツがいたら、今頃、大親友になってたよ」

メリーアン
「冗談言ってる場合……?
家を出てすぐに追ってくるってことは、つれ戻すつもりでしょう……?」

パウロ
「まぁ、俺を消すつもりなら、堂々とスラムを囲んだりしないだろうな」

パウロ
「旅に出たタイミングで、こっそり狙ったほうが後始末が楽だし」

メリーアン
「やめて! パウロ、お願いだから、そういうことを冗談でも言わないで……?」

メリーアンの不安そうな顔を見て、パウロは彼女に心配をかけてしまったのだと気づいた。

パウロ
「ごめん、メリーアン……。
でも、大丈夫だから!
家のヤツらはたいしたことないしな!」

パウロ
「ラッド、その武装したヤツらが、一番多い場所はわかるか?」

ラッド
「ん? ああ、確か南口のほうじゃねぇか?」

パウロ
「よし、じゃあそこを突破するぞ。
そのまま南下して領の外に出る」

ラッド
「なんだ? 行き先が決まったのか?」

パウロ
「いいや。何も決まってないから、どこから出たって変わりはしないってこと」

ラッド
「なるほどな。よし、了解だ、ボス。
全員集めてこよう」

メリーアン
「ちょっと待って。
わざわざ追っ手が多いところから行くの?」

パウロ
「ああ、もちろん!
せっかくの旅が始まるのにコソコソするなんてゴメンだ。
どうせなら派手にいきたいだろう?」

ラッド
「ハハッ! そりゃそうだ!」

メリーアン
「兄さんまで……男の子ってよくわからないわ……」

メリーアンは呆れている様子だが、ラッドは乗り気だった。

そしてパウロは、ついて行くと言った少年たちと共にスラム街を出た。
追っ手が邪魔をするが、正面から突破していく。

追っ手
「坊ちゃま! どうか家にお戻りください!」

パウロ
「誰が戻るか!
互いに納得しての今だ! 邪魔するな!」

相手も武装している。
パウロも武力行使も厭わない。

切りかかって来た男の攻撃をかわして、剣の柄を相手の腹部に叩き込む。
男は息をつまらせ、その場に膝から崩れ落ちた。

追っ手
「ぐっ!」

パウロ
「命までは奪わない。
ただし、また来るようなら容赦しない」

ラッド
「パウロ! こっちだ!」

少し離れた場所でラッドが追っ手を殴り飛ばし、パウロを呼んでいる。

パウロ
「お前たちを差し向けたのが誰か知らないけど、無駄だからやめるように言っておいて」

こうして、追っ手をあっさりと追い払ったパウロたちは、スラム街を出て、アスラ王国を南下する。

メリーアンに合わせる形で休憩を挟みながら進み、日暮れ前に辿りついたのは、小さな町だった。

パウロ
「今日はこの町で夜を越すか。
ま、金はあんまりないから安宿か野宿かになるけどな」

ラッド
「いや、パウロ……」

パウロ
「ん? どうしたんだ?」

ラッド
「あー……この町に入るのはやめとこうぜ?」

パウロ
「? どうして?」

ラッド
「……お前がスラムに来るようになる前に、この町の悪ガキ共とひと悶着あってな。
そこのボスとやり合ったんだ……」

パウロ
「負けたのか?
それで町には入れないって?」

スラム街の悪ガキA
「まさか! ラッドさんが負けるわきゃねぇだろ!」

パウロ
「じゃあなんでだ?」

パウロが不思議に思って尋ねると、ラッドが溜め息を吐きながら頭を掻いた。

ラッド
「……ギリギリだったんだ。
オレも相手も全治数週間の大けがを負った」

パウロ
「じゃあ、旅に出てすぐ同じ怪我をしたくない。
だから町に入って相手を刺激するようなマネは避けようってことか?」

ラッド
「そういうことだ」

ラッドの答えにパウロは視線を鋭くする。
まさか彼がそんな理由で、足踏みをするとは思わなかった。

パウロ
「ラッド……ひよってるのか?」

ラッド
「ああ?」

パウロは大げさに肩をすくめて首を振ってみせ、ラッドに近づく。
そして彼の胸ぐらを掴んだ。

パウロ
「前のことは知らないけど、今回は前と違うだろ?
俺がいるんだから、ビビるな」

ラッド
「!!」

ラッド
「フン……ボスとしての自覚が出てきたってか?」

パウロ
「さーな、どうだろう?」

パウロ
「それより、そいつのところへ行こう。
話をつけて今夜は町に泊まるぞ」

ラッド
「拒否されたらどうする?」

パウロ
「ん? そんなの決まってるだろう?」

パウロがニヤリと笑えば、意思は正確にラッドたちに伝わった。
パウロはラッドと数人の少年をつれて、堂々と町の裏側を仕切るボスのアジトへ行く。

今晩、町に泊まることにしたと告げると、案の定、ボスを名乗る男は拒否してきた。

ボス
「どうしても泊まりたいって言うなら、有り金全部置いてきな!
そうすりゃスラムの端っこで野宿させてやるぜ?」

パウロ
「せっかくだけど、お前に金を払うつもりはない。
そんな価値のある宿じゃないだろ?」

ボス
「残念だ! 交渉決裂だな!
おい、お前たち!」

彼が叫ぶと、何人もの男たちがゾロゾロと姿を現す。
手には武器を持ち、にやけ顔でパウロたちを囲んだ。

パウロ
「ラッド、こうなった以上、仕方ないと思うんだ」

ラッド
「ああ、そうだな、仕方ねぇな」

パウロ
「襲われたから反撃する。
そうするとこのアジトから人がいなくなるから、無事に俺たちの宿ができる……ということで」

パウロ
「可愛い女の子が安心して眠れるように、しっかり掃除しないと……な!」

言い終わるのと同時に、近くにいた男の顎を下から殴りつける。
武器を奪ってラッドを見れば、彼も武器を手に入れていた。

ボス
「舐めやがって……! テメェら!
たった数人だ! まとめてやっちまえ!!」

パウロ
「そう言うお前らは、たった数人にやられるんだ。
あとで笑い話にでもするといい!」

パウロは手下の男たちを薙ぎはらって道を作ると、一気にボスの男との距離をつめる。

パウロ
(こいつとやり合ったラッドが、ギリギリだったって言うほどの実力者……)

パウロ
(相手にとって不足はないな!)

パウロは剣神流の教えどおり、先手で一撃を放つ。
ラッドの時のように、血沸き肉躍る戦いができる。

パウロ
「え?」

そんなパウロの期待はあっさり裏切られた。
パウロの放った一撃を避けることも、防ぐこともできず、まともに食らった男が後ろに倒れていく。

ラッド
「まさか一撃で……!? さすがだな、パウロ!!」

パウロ
「え!? いや、ウソだろ!?
弱すぎないか!?」

ラッド
「パウロに負けてられねぇな!
手下はオレたちが片づけてやらぁ!」

パウロ
「なんで余計にやる気出してるんだ……?
こっちは拍子抜けだっていうのに……」

頭を失った集団は瓦解する。
動揺して逃げだす者も出てくる中、パウロは手を閉じたり開いたりを繰り返した。

パウロ
(呆気なさすぎだろ……)

パウロ
(ラッドが前に戦った時よりも、あの男が弱くなっていたってことか?)

パウロ
(それとも……)

近頃はひとりでの鍛錬ではなく、実戦で剣を振るうことがほとんどだった。

パウロ
(前よりも、俺が強くなってるとか……?)

剣の腕が上がっている。
それだけでも貴族の地位を捨てて家を出た甲斐があった。

ラッド
「パウロ、あらかた片づいたぞ」

パウロ
「ああ、わかった。
それじゃあメリーアンたちを呼んでこよう」

パウロ
「それから戦利品も探そう。
アジトのどこかに隠しているはずだ」

ラッド
「了解。旅の資金はいくらあってもいいからな」

誰かから金を奪って資金にする。
パウロ・ノトス・グレイラットであったなら、決してできなかっただろう。

パウロ
(これからの俺はそうやって生きていく。
面白おかしく、誰にも邪魔されず自由に……!)

パウロ
(そのためには、もっと強くならないといけない。
負けたらおしまいだ……こいつみたいにな)

気絶して倒れたままの敵のボスを、パウロは足で小突く。

パウロ
「なぁ」

スラム街の悪ガキA
「んん? なんだ?」

パウロ
「こいつら全員、きつく縛って外に出しておこう。
闇討ちでもされたら面倒だからな」

こうしてパウロはひと晩の宿と、しばらくは困らないくらいの資金を手に入れた。

こうして始まった旅は、パウロが想定していた以上に、その後も順調に進んでいく――。

冒険者
「チッ、ガキがゾロゾロと……。
邪魔で仕方ないな」

スラム街の悪ガキA
「ああ? なんだと?
おい、パウロ!」

パウロ
「ああ、わかってる……今、因縁をつけられた。
男として見過ごすわけにはいかない。
なぁ? そうだろう?」

パウロ
「ちゃんと詫び入れてもらわないとな」

彼らが日雇いの仕事などをするはずなく、旅の資金の稼ぎ方はシンプルだ。

スラム街の悪ガキA
「いてッ! おい、テメェ!
今わざとぶつかって来やがったな!?」

ラッド
「しかも謝罪もなしか?
オレたちも舐められたモンだなぁ?」

パウロ
「ああ、売られたケンカは買わないとな」

パウロ
(ぶつかった、睨まれた、舌打ちをされた……。
べつに理由はなんでもいい)

有り余る力をふるい、手当たり次第にケンカを売っていく。
パウロたちは相手をボコボコにし、そこから奪った金銭を旅の資金にあてていた。

旅の始まりからひと月ほどが経った、ある日のこと――。

その日は朝の晴天がウソのように、昼過ぎから大雨になった。
パウロたちは慌てて駆け込んだ2階建ての宿で部屋を取り、1階に併設されている飲み屋で食事を始める。

パウロ
「おばさん、ジャンジャン持ってきて!」

女将
「あいよ! でもアンタたち、こんなに注文して金はあるんだろうね?」

メリーアン
「ええ、もちろん大丈夫よ。
このとおり、ちゃんと支払えるわ」

メリーアンが金の入った袋をチラリと見せれば、女将は目の色を変えて浮かれ、調理場に引っ込んで行こうとする。

その際、彼女がさり気なくパウロに囁いた。

女将
「金があるなら、女を呼ぶかい?」

パウロ
「!!」

パウロは無言で、しかし力強く頷く。
女将は全てわかっていると言わんばかりの顔で頷き返し、調理場へ消えた。

やがて肉中心の料理が運ばれてくると、まだ年若いパウロたちは勢いよくがっつき始める。

ラッド
「それで?
だいぶ南に来たが、これからどこを目指す?
いっそ国を出ちまうか?」

パウロ
「んー……それもいいかもな。
さすがに国を出たら追っ手もなくなるだろうし」

ノトス・グレイラットが治めるミルボッツ領はとっくに出たのに、未だに追っ手が放たれている。

パウロ
「あいつら、たいしたことはないけど、いちいち相手にするの面倒なんだよな……。
まさか領の外まで追ってくるとは思わなかった」

メリーアン
「それだけつれ戻したいってことよ……」

ラッド
「お前、本当に追い出されたのか?
勢いに任せて飛び出したとかじゃなく?」

パウロ
「本当に追い出されてる。
今頃とっくに廃嫡されて、弟が家を継ぐことが決まってるんじゃないか?」

パウロ
「まぁ、長男の家出は外聞が悪い。
表向きは事故死か病死扱いになって、ははっ、葬式も出されてたりしてな」

パウロ
(だとすれば、追っ手に捕まったら、身ぐるみはがされて殺される)

パウロ
(誰かに遺体を見られても、ノトス・グレイラットの関係者だってバレないように顔とか潰されたり?)

だとすると何がなんでも捕まるわけにはいかない。
パウロが気持ちを固めていると、飲み屋のボロいドアが勢いよく開いた。

ゴロツキ
「チクショウ、びしょ濡れだぜ……ん?」

ゴロツキ
「おいおい! ガキばっかじゃねぇか!
いつからココはガキの溜まり場になったんだ?」

ラッド
「ああ?」

パウロ
「店の人間ならともかく、客が客にイチャモンつけるなよ。
そういうのみっともないぜ、おっさん」

ゴロツキ
「あ? なんつった、今?
ガキが! 舐めてんのか!?」

激高した男が近くのテーブルを蹴り飛ばし、上に乗っていた皿が落ちた。

男の仲間だろう。
屈強な男たちが店の中に入ってくる。

ゴロツキ
「大人を舐めてるクソガキには、世間の厳しさってのを教えてやらねぇとな!」

スラム街の悪ガキA
「うぐぁ!?」

男が近くにいた少年の頭を掴み、テーブルに叩きつけた。
パウロとラッドが同時に立ち上がった。

ラッド
「テメェ! 何してんだ!?」

パウロ
「やる気満々みたいだな。
そっちが売ってきたケンカだ。
どうなっても後悔するなよ?」

メリーアン
「だ、大丈夫……?
けっこう数が多いみたいだけど……」

パウロ
「メリーアンは女将さんのところに行ってて」

パウロ
「まぁ、こいつらはたいしたことなさそうだし、さくっと終わらせるから安心して」

ゴロツキ
「んだと、ゴルァ!?
容赦しねぇ! ぶっ殺してやる!!」

メリーアンの背中を押して調理場へ行かせ、パウロは剣を構えて男たちと向かい合う。

ラッド
「お前さー、メリーアンの前だからって、カッコつけてんじゃねぇよ」

ラッド
「何が、たいしたことなさそう、だ?
めちゃくちゃ骨が折れそうだぜ?」

パウロ
「はは、そうか?
俺にとってはたいしたことなさそうな相手だけど?」

ラッド
「そーか……よっ! うおりゃあッ!」

ラッドが手近にあった椅子を持ちあげ、男たちに向かって投げつける。
それが開戦の合図だった。

パウロは的確に相手の急所を狙う。

パウロ
(腕力頼みの力技ばっかりだ。
俺の敵じゃない……!)

相手は屈強な大人だったが、パウロは余裕で、恐怖や危機感は微塵も感じない。
だが、その気持ちでいられたのはパウロだけだった。

スラム街の悪ガキA
「クソッ! こいつら強すぎるだろ!」

ラッド
「お前ら! 無理してひとりで戦うな!
数人でまとまっていけ!」

パウロ
(まともに戦えてるのは、ラッドだけ?)

パウロ
「チッ……!」

パウロは舌打ちをして剣を振る。
一閃で相手を倒し、背後から迫ってきたべつの男の攻撃を避けた。

ゴロツキ
「ハハッ! ガキはガキだな!
家に帰ってママにおっぱいでもせがむんだな!」

パウロ
「お前こそママのとこに行けよ。
そのブサイクな顔じゃ、他に相手してくれる女の子もいないだろう?」

ゴロツキ
「ああ!?」

パウロはテーブルを足場にして跳躍すると、一気にゴロツキの男との距離をつめた。

パウロ
「いくら身体がデカくても、それが強いってことにはならない」

事実、パウロに剣を教えてくれた講師たちは、決して屈強とは言える体つきではない女性だ。
けれど彼女たちは強かった。

パウロ
(もしかすると、今の俺なら……!)

パウロの一撃をゴロツキの男が剣で止めた。
だが、男の顔が歪む。

ゴロツキ
「っ……テメェ、素人じゃねぇな?
まさか、水神流の道場ンとこの……?」

パウロ
「水神流? ……残念。
俺が使ってるのは、剣神流……だ!」

一撃で倒せなければ一旦退き、即座に二撃目を放つ。
身体の回転を利用した重い一撃は、吸い込まれるようにゴロツキの男の腹にあたった。

ゴロツキ
「ぐ、かっ……!」

男の身体が床に倒れていく。
あまりに一瞬の出来事だったので、店の中が静まり返った。

パウロ
「………………」

ラッド
「おい、パウロ。ボーッとすんなよ。
まだ全然終わってねぇぞ」

パウロ
「……わかってる。
何せ相手はこっちをガキ扱いしてくる、大人だからな。
さぞ大金を持ってることだろう」

パウロ
「全部巻き上げてやらないとな」

そこからはパウロの独壇場だった。
呆気に取られていた相手が攻勢に転じる前に、武力制圧していく。

ゴロツキたちが逃げ帰り、パウロが金を手に入れるまで、そう時間はかからなかった。

女将
「アンタたち、店をこんなにして!」

メリーアン
「本当にごめんなさい……」

女将
「謝って済む問題かい!?
さっさと出て行っておくれ!」

パウロ
「……え!?」

店内の惨状に女将が激怒している。
謝っているのはメリーアンで、パウロは女将の言葉に目を丸くしていた。

パウロ
「出て行けって、外は大雨なんだけど?
それに、今日は一泊することになっていたはずだ。
宿泊代も前払いで渡してる」

女将
「店をこんなめちゃくちゃにするヤツらを、泊めたりできるわけないだろう!?」

女将
「だいたい宿泊代くらいで、店が修理できると思ってるのかい!?
追加で修理代も払ってもらうよ!」

スラム街の悪ガキA
「おい、ババア!
黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって!」

女将
「ひっ……!」

パウロ
「やめろ!」

今にも女将に掴みかかろうとする少年を、パウロは制した。

パウロ
「ふじ……女に手を上げるな」

夫人に手を上げるな、と。
生まれついて教育されたことが表に出そうになり、パウロは眉間に皺を寄せる。

スラム街の悪ガキA
「女!? 金にがめついババアだろ!?
こんな雨の中、金置いて出てけって言われて従うつもりか!?」

ラッド
「おい、お前ちょっと落ちつけ。
ボスが手を出すなと言った以上、手を出すな」

スラム街の悪ガキA
「で、でも、ラッドさん……!」

少年を宥めるのをラッドに任せ、パウロは女将のほうへ一歩近づく。

パウロ
「女将さん。
俺たちは修理代も宿泊代も払うし、こいつらには、店やあなたに手出しさせない」

パウロ
「でも、追い出すつもりなら、話は変わってくる」

女将
「な、なんだい……」

パウロ
「修理代も宿泊代も払わないし、あなたたちの安全も保障できない」

パウロ
「外は大雨だ。
俺たちは泊まれる場所を手に入れなきゃならないからな」

女将
「っ……」

女将
「……わかった。
ただし最初に言ったとおり1泊だけだ!
延長はしない! 明日は雨でも出て行ってもらうよ!」

パウロ
「ああ、それでいい」

女将は憤慨してその場からいなくなる。
パウロは後ろを振り返り、不満そうな顔をしている面子を見わたした。

パウロ
「何か言いたそうだな?」

スラム街の悪ガキA
「なんでババアに言いたい放題言わせるんだよ!
ぶん殴って黙らせたらいいだろ!?」

スラム街の悪ガキB
「それに修理代まで出さなくても……。
それだけの金があったら、しばらくは楽に旅ができたはずだぜ?」

パウロ
「それで? 修理代も宿泊代も踏み倒して、女将さんをぶん殴って、晴れてお尋ね者になれって話か?」

パウロ
「お尋ね者になるのはいいけど、そんなダサい理由で指名手配されるのはゴメンだ」

スラム街の悪ガキB
「……本当にそれだけの理由か?」

スラム街の悪ガキA
「パウロ、お前、本当は……、いつか貴族に戻ろうと思ってるんじゃねぇのか?
だからお尋ね者になりたくなくて――」

パウロ
「ふざけるな」

パウロが自分で思っているよりも低い声が出た。
いくつもの懐疑的な目。
それをひとつずつ見返していく。

パウロ
「俺は自分で望んで、ただのパウロになった。
あんな場所に戻る気はない」

スラム街の悪ガキA
「じゃ、じゃあなんで!
お前んちのヤツらが未だに追って来るんだ!?」

パウロ
「俺に聞かれてもな。
あっちの事情なんて知らない」

パウロ
「二度とくだらないこと言うなよ。
お前らでも容赦しないぞ」

スラム街の悪ガキA
「!!」

剣呑な空気が漂う。
そんな中でメリーアンが動いた。
彼女はパウロの手をそっと引く。

メリーアン
「戦いのあとで、みんなピリピリしているのね。
今日はもう休みましょう。
パウロ、あなたの部屋に行ってもいい?」

パウロ
「え? ああ、うん! もちろん!」

ラッド
「変わり身の早いヤツだな……」

呆れ顔のラッドに軽く手を上げる。
そしてパウロはメリーアンの腰を抱き、2階の部屋へと向かった。

翌日――。
朝から雨が降っていた。

パウロ
「……は? なんだって?」

ラッド
「あー……だから、その、だなぁ……」

ラッド
「仲間が何人か、出て行った……」

ラッドは何人かと言葉を濁したが、集まっている人数を見ると半分ほどの者が消えているようだ。

パウロ
「それで? なんで出て行ったんだ?」

ラッド
「えー……あー……んー……」

スラム街の悪ガキA
「ラッドさん、はっきり言っちまいましょうよ」

スラム街の悪ガキA
「あいつらが出て行ったのは、パウロが貴族に戻るつもりがないのがわかったからだ、って」

パウロ
「どういう意味だ?」

ラッド
「……お前の出自がどこかは知らねぇが、かなり上位の貴族だってのはわかる。
だから、一緒にいたら良い目が見られると思ってたらしい」

ラッド
「南へ来たのも知り合いの貴族がいて、頼るためじゃないか……とか、考えてたってよ。
それに、お前の実家もパウロに執着してるみたいだしな」

パウロ
「……くだらないな。
そんな理由で今までついて来てたのか?」

怒りは湧かない。
ただ、冷え冷えとした気持ちになる。

パウロ
(打算的なのは、貴族だけじゃないってことか。
というより……)

パウロ
(よくわかってなかったけど……、仲間っていうのは、所詮、こんなものなのか)

メリーアン
「パウロ……あまり、落ち込まないで?
大丈夫よ。わたしたちは、ずっと一緒に行くわ」

メリーアンがパウロに寄り添うように立つ。
柔らかな肢体を抱き寄せれば、甘い香りに心が落ちついていく。

パウロ
「ありがとう、メリーアン」

メリーアン
「お礼なんていいの。
わたしが、そうしたいだけだから……」

ラッド
「……お前らふたりとも、実の兄貴の存在忘れてんじゃねぇのか?」

十人足らずの人数に減ったパウロ一行。
女将との約束どおり、雨が降る悪天候の中、宿を出た。

パウロ
「……とはいえ、この天候で町を出るのは悪手だよなぁ」

ラッド
「べつの宿を探すか?」

パウロ
「昨日大暴れしたことは知れわたってるはずだ。
よっぽど金に困ってるとかじゃない限り、泊めてくれるとは思えない」

メリーアン
「じゃあ、どうするの?」

パウロ
「んー……行くか」

ラッド
「だから、どこにだ?」

パウロ
「それはあれだ、うん、道場破り」

パウロはにやりと笑う。

パウロ
「道場なら屋根があるし、雨を避けるのにちょうどいいだろう?
それに勝てば快く泊めてくれるはずだ」

メリーアン
「そうなの……?」

パウロ
「そうそう。
勝ちさえすれば魔法の言葉が使える。
道場の看板を返してほしければ……ってな!」

昨日のゴロツキの男によると、どうやらこの町には水神流の道場があるらしい。

パウロ
(学校で先生がいなくなって以来、水神流の剣とは縁遠くなってた……)

パウロ
(あの頃は先生に手も足も出なかったけど……)

パウロには、水神流よりも剣神流のほうが、自分に合っているという自負がある。

パウロ
(俺は実戦をつんできたし、道場で剣を振ってるだけの剣術に負けたりしない)

パウロ
「ラッド! ちょっと道場破りしに行こう!」

ラッド
「軽く誘ってくれるぜ……。
まぁ、面白そうだしいいけどな!」

冷たい雨が降る中、水神流の道場を目指すパウロの足取りは軽い。
いなくなった仲間のことなんて、彼の頭にはもうなかった。



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