パウロ外伝 冒険者編4話【訃報】


Aランクのパーティに昇格した黒狼の牙は、各地を転々としながら難易度の高い依頼をこなし、着実にその名を馳せていた――。

パウロ
「うぉぉおおぉぉぉッ!!」

パウロの剣がアサルトドッグの身体を切り裂くと、魔物は奇声を上げて地面に倒れていく。

剣についた血を振り払って、パウロは前で位置取るギレーヌに意識を向けた。

パウロ
「ギレーヌ! そっちはどうだ?」

ギレーヌ
「問題ない。もう終わった」

パウロ
「ご苦労さん。
相変わらず仕事が早ェな」

美しい太刀筋にパウロは内心で感心する。
ギレーヌの足元では、ターミネートボアが絶命していた。

タルハンド
「こっちも終わったぞ」

エリナリーゼ
「想定していたよりも、アサルトドッグの数が多かったですわね」

ギース
「ま! 俺らの相手じゃねえけどな!!」

パウロ
「お前はなんにもしてねえだろ」

ギース
「痛ッ!」

近づいて来たギースが得意気に胸を張るのを見て、パウロは彼の尻を蹴った。

今回の依頼は森の中の集落付近に出没する、ターミネートボアの討伐だ。

黒狼の牙にしてみれば危険度の低い魔物だった。
しかし、多くのアサルトドッグを率いているということで、危険度が上がり、依頼を請けることにしたのである。

パウロ
(報酬もソコソコ良かったしな)

パウロ
「よし、任務完了だ。
さっさと帰って、飲みに行こうぜ」

報酬を受け取り、エリナリーゼを除く黒狼の牙のメンバーは、酒場に繰り出した。

エリナリーゼ
「わたくし、このあとは予定がありますの。
ふふふ、邪魔したら……許しませんわよ?」

街に帰って来て早々、彼女はそんなことを言って姿を消した。

パウロ
(今頃、どっかの男とベッドになだれ込んでお楽しみ中ってとこか)

パウロ
(……あとで俺もいい女を探しに行こう!)

そう心に決めて、パウロは一気に酒をあおった。

タルハンド
「ぷはー! ひと仕事終えたあとの1杯は、格別の味じゃわい!」

ギース
「いい飲みっぷりだな。
ははっ、俺も負けてられねえぜ!」

ギース
「ほら、もっとギレーヌも飲めよ!
おねえさーん、こっちに酒追加で!」

給仕の女
「はーい、ただいま!」

パウロ
(お、けっこう可愛いかも)

パウロが注文に答えた給仕の女を目で追っていると、横から「ぷぷぷ」と含み笑いが聞こえた。

パウロ
「……なんだよ?」

ギース
「お前、あの子のこと狙ってんのか?」

パウロ
「だったら?」

ギース
「やめとけ、やめとけ!
あんなに可愛い子がお前を相手にするかよ!」

パウロ
「ああ!? ンだと!?」

ギースがケラケラ笑うと、パウロが不機嫌そうに顔を歪めた。

ギースはパウロのそんな顔すら面白いらしい。
顔に笑みを張りつけたままだ。

ギース
「街で評判の看板娘だぜ?
周りを見てみろよ。
客の男共、みーんな鼻の下が伸びてやがる」

ギース
「男を選びたい放題の彼女が、いつも酒ばっか頼んでる、飲んだくれ冒険者になびくと思ってんのか?」

パウロ
「そんなのわかんねえだろ!
だいたい飲んだくれてんのは、お前とタルハンドで俺じゃねえ!」

ギース
「同じテーブルで飲んでるんだ。
同類だって思われてるぞ」

パウロ
「だとしても、だ!
……絶対ないとは言い切れねえだろ」

ギース
「だったら賭けるか?
お前とあの子が今夜一緒に過ごすかどうか」

パウロ
「ああ、やってやるぜ!」

パウロはわかりやすい挑発に乗った。

パウロ
「勝敗はわかりきってる。
で? 何を賭ける?」

ギース
「賭けるのは、今回の報酬だ。
勝ったほうに、負けたほうの取り分を全額渡す……それでどうだ?」

パウロ
「乗った!」

パウロはニヤリと笑うと、給仕の女に声をかけるタイミングを計る。

彼女は忙しく店内を動きまわりながら、笑顔を振りまいていた。

パウロ
(笑うと幼く見えるけど、身体つきはたまんねえ……絶対に引っかける!)

パウロがゲスな使命感に燃えていると、タイミングよく彼女がテーブルに酒を運んでくる。

給仕の女
「お待たせしました!
他に何か注文はありますか?」

パウロ
「酒に合う料理、何か適当に持ってきてくれ。
それから……今日、仕事はいつ終わるんだ?」

給仕の女
「はい?」

パウロ
「このあと飲みなおさないか?
俺と君、ふたりで」

給仕の女
「ふふ、お誘いは嬉しいんですけど、よその店で飲むくらいなら、うちの店にお金を落としていってください」

給仕の女
「――あ、呼ばれてるみたいなんで。
ご注文の料理はこのあとお持ちしますね!」

接客用の笑み。
給仕の女はにっこりと笑うと、パウロたちのいるテーブルを離れていった。

パウロ
「………………」

ギース
「勝負あったな」

ギースがパウロの肩を叩く。
ひどくにこやかな彼は、賭けに勝利した喜びを隠せていない。

パウロ
「ま、まだだ!
次に料理を運んでくれた時に誘って、受け入れてくれるかもしれねえだろ!」

ギース
「そんなメ、ねえって。
なあ? お前らもそう思うだろ?」

ギレーヌ
「よくわからないが、あの娘はパウロに興味がなさそうだった」

タルハンド
「パウロ、時には諦めも肝心。
おとなしく負けを認めるんじゃ」

パウロ
「いいや! ぜったいに認めねえ!」

今夜は絶対にあの子と過ごす! と、パウロが言葉を続けようとした時、彼女の短い悲鳴が上がった。

パウロ
(あれは……)

見ると、給仕の彼女が酔っ払いの男に絡まれ、腕を掴まれている。
屈強な大男で、冒険者の風体をしていた。

冒険者
「金は腐るほどあるって言ってんだぜ?
なあ、いいだろう?」

給仕の女
「お、お客さん、飲みすぎですよ。
お水を持ってくるので、腕を離して――」

冒険者
「うるせえ!
せっかく遊んでやるって言ってんのに、すげなく断りやがって!!」

給仕の女
「い、痛っ……!」

冒険者
「酒場の給仕のクセに、お高く留まりやがってよぉ!
テメェがどれほどの女だ!? アアン!?」

パウロ
「そりゃよぉ、お前にはもったいないくらいの女だろ」

冒険者
「!?」

パウロは屈強な男の背後に立つと、持っていた酒をひっくり返す。
バシャバシャ音を立てて中身がこぼれた。

酒まみれになった男は、最初何が起きたかわからなかったようだが、状況を理解すると顔を赤く染めていく。

冒険者
「テメェ……!」

パウロ
「そんなびしょ濡れの格好じゃ、女は口説けねえよな。
さっさと帰れよ」

冒険者
「このガキ……!!
俺様にこんなことして、タダで済むと思ってんのか!?」

冒険者の男が給仕の彼女から手を離し、今度はパウロの胸ぐらを掴んだ。
それを冷めた目で見て、パウロは鼻で笑う。

パウロ
「誰に掴みかかってんのかわかってんのか?
お前こそタダで済むと思うんじゃねえぞ?」

冒険者
「上等だ! 表に出やがれ!!」

パウロ
「ああ、いいぜ。
店の中で暴れるわけにはいかねえしな」

給仕の女
「あ、あのっ……」

パウロ
「心配いらないさ。
この程度の男、相手にもなんねえから」

余裕の表情で女に語りかけるパウロに、男がますます険しい顔になっていく。

パウロ
(ザコに限って簡単に挑発に乗るんだよな)

冒険者が暴れ出さないうちにパウロは先に酒場を出て、その男が追ってくるのを待った。

勝敗が決するのは一瞬のこと。
酒場を出て行ったパウロは店内の誰かが心配の声を上げる間もなく、戻ってきた――。

給仕の女
「えっと、もう、終わったんですか……?」

パウロ
「言ったろ?
相手にもなんねえって」

パウロ
「あいつ、俺をどうにかできるって、本気で思ってたんだから面白いよな」

給仕の女
「黒狼の牙……」

パウロ
「ん? 知ってたのか?」

給仕の女
「もちろんです。
有名なパーティですし、常連さんですから」

パウロ
(俺が黒狼の牙だって知ってたのに、誘いを断ったとすると……本当にメはないのか?)

黒狼の牙の名前を聞いただけで寄ってくる女は、これまでに何人もいた。

金を持っていると思われているのか、単純に強い男が好きなのか、なびく女は少なくない。

パウロの脳裏には、ギースとの賭けに敗北する己の姿がよぎった。

給仕の女
「……若くて、強い冒険者の人って、偉そうな俺様ばっかりだって、思ってました」

給仕の女
「女なんて吐いて捨てるほどいる。
だから乱暴に扱ってもいいって考えているような人ばかりだと……」

パウロ
(ん? なんの話だ?)

給仕の女
「酒場で働いていると、そういう人を実際に何人も見ました……」

給仕の女
「だけど、あなたは違うんですね」

パウロ
「んんん?」

給仕の女
「私のことを助けてくれました。
本当にありがとうございました!」

笑顔でお礼を言われて、パウロの中でカチリと全てが噛み合う音がした。

パウロは彼女の手を取ると、男に捕まれていた部分をそっと撫でる。

給仕の女
「え? あ、あの……」

パウロ
「こんなに可愛い女の子に怪我させるなんざ、あいつ許せねえな……。
もっと痛めつけてやればよかった」

パウロ
「こんなに赤くなってる。
せっかくの白い肌が痛々しい……」

嘆かわしいと言わんばかりに、腕の赤くなった部分にパウロがキスをすれば、彼女の顔が真っ赤に染まった。

パウロ
「今日、仕事はいつ終わるんだ?」

給仕の女
「あ……」

それは先ほどパウロが告げて、すげなく断られた言葉とまったく同じもの。

パウロ
「俺に怪我の手当てをさせてくれ。
この傷と、怖い思いをした君の心の傷の――」

給仕の女
「それって……あの、えっと……」

女は迷うように視線をさまよわせたが、やがて真っ赤な顔で頷いた。

給仕の女
「よろしく、お願いします」

パウロ
(勝負は決した)

少し離れたところにあるテーブルに視線を向ければ、ギースが呆然とした顔でパウロを見ている。
その間の抜けた顔に、賭けの勝者は悠然と微笑むのだった――。

翌日――。

給仕の女
「ん……は……パウロさん……。
……もうすぐ夜明けです、よ。
まだ、するんですか……?」

パウロ
「ああ、最後にもう1回……ん?」

ベッドで女の柔肌を堪能していたパウロの耳が、慌ただしい足音と声を拾う。

パウロ
(この声は……)

部屋のドアが乱暴にノックされる。

エリナリーゼ
「パウロ! パウロ!!
ここにいるのはわかってますのよ!」

給仕の女
「女の人……?
まさかパウロさんの恋人だったり――」

パウロ
「そんなはずないだろ?
あれはパーティのメンバーだ」

エリナリーゼ
「パウロ! 早く出て来なさいな!
引きずり出されたくないでしょう!?」

パウロ
「……ったくよぉ……」

パウロは頭をガシガシ掻くと、に別れをつげて名残り惜しそうに外に出た。

パウロ
「おい、朝っぱらからなんの……は?
……これ、どんな状況だ?」

ドアを開けた瞬間、目に入った光景。

不機嫌そうなエリナリーゼとタルハンド、縄を持ったギレーヌ、その縄の先には縛り上げられたギースがいた。

ギース
「パウロぉ、助けてくれよぉ!」

パウロ
「助けるかどうかは話を聞いてからだ。
そんな無様なことになってんのは、お前が何かやらかしたからだろ?」

エリナリーゼ
「ええ、そのとおりですわ!
この男は……許されないことをしましたの!」

パウロ
「まあ、そんなにカッカすんなよ。
つーか、お前は男のとこにしけこんでたんじゃねえの?」

タルハンド
「非常事態と判断したんでな。
叩き起こしてつれて来たんじゃ」

エリナリーゼ
「ええ、ええ!
濃密な時間を過ごしていたのに、邪魔されたのですわ!」

パウロ
「なるほど。それでそんなに怒ってんのか」

エリナリーゼ
「違いますわ!
この怒りは全てギースへのものですの!」

憤りを隠そうともしないエリナリーゼに、パウロは顔を引きつらせる。

パウロ
(ギースよぉ……。
お前、本気で何やらかしたんだ?)

パウロ
「……とりあえず、
どこか落ちついて話せるとこに行こうぜ?」

困惑が滲んだリーダーの提案はひとまず全員に受け入れられ、黒狼の牙はギースを引きずりながら移動した。

パーティで借りている宿の部屋に到着すると、ギースが床に転がされる。

パウロ
「で? 何があった?」

タルハンド
「パーティの金をギャンブルにつぎ込んだんじゃ」

パウロ
「……は?」

ギレーヌ
「しかも全額」

パウロ
「……は?」

エリナリーゼ
「今、わたくしたちは一文無しの貧乏パーティなんですわ」

エリナリーゼ
「ここの宿代……前金は払っていますが、残った分を支払うこともできません。
このままでは踏み倒すことになりますわ」

パウロ
「……ギース、本当か?」

転がったままの男を見下ろせば、サッと目を逸らされた。

パウロ
「本当なのか……」

ギース
「昨日、お前がいなくなったあと、飲むだけ飲んで酒場を出たんだ……。
そのあと、賭場を見つけて……」

ギース
「勝てると思ったんだよ。
さすがにひと晩に2度も負けねえだろって……」

ギース
「酒も入ってたし、お前との賭けに負けて、やけになってたっつーか……」

パウロ
「それでパーティの金を全部賭けて、破産しちまったってのか?」

ギース
「………………」

エリナリーゼ
「ギース、全て白状なさい」

パウロ
「? まだ何かあるのか?」

エリナリーゼの鋭い声にギースの肩が跳ねた。

ギース
「……借金を、してしまいました」

パウロ
「お、お前……!」

ギレーヌ
「縛り上げる時に聞いた。
かなりの額だとか」

ギレーヌ
「返済するにはAランクの任務を……、2つ? 3つ?
……たくさん受けないといけないらしい」

パウロ
「大変だってことはわかった。
そりゃ朝から突撃してくるわけだぜ」

パウロは溜め息をつく。
するとギースが転がっていた身体を起こし、勢いよく頭を下げた。

ギース
「本当にすまねえ!
せっかく稼いだ金を全部溶かした上に、借金までこさえちまって……!」

ギース
「このままだと借金取りに追われて、みんなにも迷惑をかける……。
そんなことになったら、俺は……」

パウロ
「頭、上げろよ」

パウロは床に膝をつき、ギースの肩を掴んで顔をあげさせる。

パウロ
「借金取りがどうした。
そんなヤツらにビビッてんじゃねえよ」

パウロ
「俺たちは最強のチームだ。
勝てるヤツなんかいるわけねえだろ」

ギース
「パウロ……」

エリナリーゼ
「そうは言っても、実際に借金取りに追われるのは面倒ですわよ。
依頼を請けている最中に来られでもしたら……」

ギレーヌ
「まとめて斬るか?」

タルハンド
「やめておけ。
ギルドに睨まれるだけじゃ」

タルハンド
「Sランクのパーティならばともかく、Aランクのままでは優遇措置もない」

パウロ
「Sランクだったら借金取りをぶっ飛ばしても、問題ないってことか?」

エリナリーゼ
「まあ、おそらくは。
多少の違反行為は目をつぶってもらえますもの」

タルハンド
「だが今すぐに昇格できるはずもない。
対策を練らねばな」

ギレーヌ
「そうなのか」

さすがの黒狼の牙も、無一文では心もとない。
メンバーが重苦しい空気を漂わせる中、パウロは妙案を思いついた。

パウロ
「よし、行くか」

ギレーヌ
「どこへだ?」

パウロ
「金を用意して、借金なんてさっさと返せばいい」

パウロはギースを縛る縄を切りながら、ニヤリと悪い笑みを浮かべるのだった――。

街の中心に、ある酒場があった。
そこは富裕層向けの酒場で、この半年は、とある冒険者パーティが貸し切っている。

Bランクのパーティではとうてい借りきれないが、そのパーティは貴族の支援を受けており、金銭面での不自由はなかった。

冒険者
「ああ? 俺様に客?
追い返せ!
今日は誰にも会う気はねえんだ!」

パーティのリーダーは顔を腫らし、不機嫌な顔で憤っている。

無理もない。
男は昨晩、女に袖にされ、名も知らぬ青年に一撃で沈められたのだ。

冒険者
「っ……次会ったら、ただじゃおかねえ!」

男が怒りを口にした瞬間、酒場のドアが吹き飛んだ。

冒険者
「!? なんだ!?」

動揺している間に、酒場に入り浸っているパーティメンバーが吹き飛び、壁に激突した。

そして、見覚えのある青年たちが入ってくる。

パウロ
「よぉ、昨日振りだな!」

冒険者
「テメェ、な、なんでここに!?」

パウロ
「お前、金は腐るほどあるって言ってただろ?
こんなに立派な酒場を貸し切ってるとこを見ると、嘘じゃなかったみたいだな!」

冒険者
「だからなんだってんだ!
やんのか、ゴルァ!? 昨日は油断しただけだ!
俺はBランクの――」

パウロ
「自己紹介はいい。野郎に興味ねえしな。
とりあえずさ……金、あるだけ出せ」

冒険者
「は……?」

パウロたち黒狼の牙が行ったことは、襲撃と強盗に他ならないのだが、幸いにも、相手は悪評のあるパーティだった。

金にものを言わせて強引にことをなす、なまじ金があるため依頼を真面目にこなさないなど、一般人からの評判は悪い。

そのため、黒狼の牙が強盗を行ったという話にはならず、この一件はカツアゲ事件として、世間に広まることとなった――。

ギレーヌ
「今日、ギルドで目が合った冒険者に悲鳴をあげられた」

ギース
「無理もねえ。
この辺で知らないヤツはいねえだろうからな。
今、黒狼の牙は名を馳せてるし」

エリナリーゼ
「悪名ですけれどね」

タルハンド
「通ったあとには草の1本も残らない、悪童チーム……じゃったか」

エリナリーゼ
「失礼な話ですわ。
どうせなら短期間でランクがAになった、優秀な冒険者として名を馳せたいものですのよ」

ギース
「そりゃ無理だろ。
あのカツアゲ事件を皮切りに、うちは何をしても悪いほうに名が売れる」

エリナリーゼ
「だからわたくしは反対したのですわ。
殴り込みだなんて」

タルハンド
「嬉々として1番暴れておった女が、どの口で言う?」

ギレーヌ
「あたしも負けてなかったぞ」

ギース
「そこは張り合わなくていいとこだ」

パウロ
(なんつーか……)

楽し気に言葉を交わす仲間たちを見ながら、パウロは胸が熱くなるのを感じていた。

パウロ
(なんか、上手く言えねえけど……、ここは居心地がいい)

パウロ
(イラつかねえし、虚しくもねえ。
むしろ、満たされてる)

孤独な幼少期を過ごし、仲間というものがよくわからないまま、スラムの少年たちと旅に出た。

剣に生きる家族とも上手くつき合えず、逃げだすように冒険者になり、そして――。

今、パウロは強く実感していた。

パウロ
(これが、俺がずっと求めていた居場所ってやつなんだ)

黒狼の牙は躍進を続ける。

パウロたちは拠点をキッカ王国に移し、Aランクの依頼を中心にこなしていた。

そんなある日のこと。
黒狼の牙が依頼を終えてギルドに戻って来ると、パウロは受付の女性に呼び止められた。

パウロ
「ついに俺とデートしてくれる気になった?」

パウロ
「え、ああ、違うんだ……って、客? 俺に?」

受付の女性によると、その客は人族の男で、今は別室で待っているらしい。

ギレーヌ
「会うのか?」

パウロ
「男って聞いちまうとなぁ……」

エリナリーゼ
「美味しい話かもしれませんわよ。
さっさと会ってらっしゃいな」

パウロ
(ンなわけあるかよ)

儲けられる、美味しい話の場合、ギルドを介さないで依頼されることがある。

しかし、その男がギルドに訪ねて来ている以上、その可能性はゼロだろう。

パウロ
(めんどくせーな)

拠点にしている酒場に直行する気満々だったパウロは、渋々といった様子で別室へ足を運んだ。

ドアを開ける。
そこにいた人物を見て、パウロの顔が固まった。

パウロ
「お前……」

従僕
「ぁ……坊ちゃま……」

従僕
「お久しぶりにございます……ああ!
こんなに大きくなられて……!」

数年ぶりに見た顔だ。
ノトス・グレイラット家に仕える従僕が、目に涙を浮かべてそこにいた。

パウロ
「どうして、ここに……」

従僕
「坊ちゃまが屋敷を飛び出されて以降、密かにあとを追っておりました」

パウロ
「……追っ手は撒いたぞ」

従僕
「ええ、途中で見失ってしまい、それ以降の居場所を掴めておりませんでした。
しかし数ヶ月前、手掛かりを入手したのです」

従僕
「カツアゲ事件……と呼ばれているそうですね。
そのパーティの後ろ盾になっていた貴族が、ノトス・グレイラット家とは近い家柄でして……」

従僕
「黒狼の牙という存在を知ったのです。
リーダーの名前を知り、こうして確認に――」

パウロ
「もういい。何も話すな」

パウロの声は自然と冷たくなる。
凄腕の冒険者が鋭い目で見据えれば、従僕の肩が震えた。

パウロ
「ノトス・グレイラットの名は捨てた。
今の俺はただのパウロだ」

従僕
「いいえ、坊ちゃまは――」

パウロ
「話すことはない。
お前を差し向けたのは親父か?
2度と俺に関わるなって言っとけ」

従僕が「坊ちゃま!」と呼び止めようとするが、パウロは振り返らない。

不快感で胸がざわつく。
パウロは足早に部屋を出て拠点の酒場に向かう。
少しでも早く、仲間の顔を見たかった。

ギレーヌ
「もう来たんだな」

パウロ
「まーな」

ギレーヌ
「待っていた男、知り合いだったのか?」

パウロ
「いいや、知らないヤツだ。
俺をどっかの誰かと勘違いしてたらしい」

ギース
「なんだそれ!
無駄足だったってことか」

パウロ
「そういうことだ。
まったく、嫌になるぜ」

エリナリーゼ
「………………」

パウロは肩をすくめて笑う。

パウロ
(嘘じゃねえ)

パウロ
(パウロ・ノトス・グレイラットは、もうどこにもいないんだ)

実家の関係者とは2度と会うつもりはない。
パウロは従僕のことなどすぐに忘れ、元の日常に戻って行く――つもりだった、が。

タルハンド
「パウロ、手紙を預かった。
渡してほしいと頼まれたのじゃが……」

パウロ
「……捨てろ」

ある時は――。

ギース
「おーい、パウロ。
お前に会いたいってヤツが来てるぞ。
かなり身なりのいい男だぜ?」

パウロ
「追い返せ」

またある時は――。

ギレーヌ
「手紙を預かった」

パウロ
「捨てていいぞ」

ギレーヌ
「それは全てか?
10通ほど預かったが」

パウロ
「じゅ……全部捨てろ」

パウロの望みに反して、従僕は接触を諦めようとはしなかった。

有名なパーティであるため、黒狼の牙のメンバーの顔をすぐに把握したらしく、ことあるごとに手紙を託したり、仲介を頼んだりしてくる。

ギース
「パウロ、実家は貴族なんだってな?」

従僕と仲間たちが接触した結果、パウロが家を飛び出した貴族の息子だということはすぐにバレた。

ギース
「貴族の生まれだったなんて……。
ずっと隠してたのかよ!」

パウロ
「………………」

ギース
「パウロが貴族のお坊ちゃま!
酒の肴になりそうな、そんな面白い話を秘密にしておくなんて許せねえ!」

パウロ
「面白がってんじゃねえよ。
だいたい、もう関係ない相手だ」

タルハンド
「そう思っているのは、パウロだけではないのか?」

パウロ
「ああ?」

ギレーヌ
「その内、依頼で出かけた先にも現れるかもしれないな」

パウロ
「……不吉なこと言うんじゃねえ」

エリナリーゼ
「不吉な予感というものは、得てして当たるものでしてよ?」

そして、ギレーヌやエリナリーゼの言うとおりに……。
ギルドの前での待ち伏せをはじめ、従僕は黒狼の牙が受けた依頼先にまで現れるようになった。

従僕
「坊ちゃま! 話を聞いてください!」

パウロ
「聞く気はねえっつってんだろ!」

パウロ
(何を言われても不快になるに決まってんのに、わざわざ聞くと思ってんのか!?)

ついにパウロは武力行使に打って出る。

従僕
「ッ……!」

従僕の首の裏を打ち、気絶させた。
物取りに狙われるかもしれないが、気遣う相手ではない。
パウロはそのまま放置する。

エリナリーゼ
「いいのですか?」

パウロ
「痛い目に遭えばこりるだろ。
これ以上、追って来られても迷惑だ」

エリナリーゼ
「そうですか……」

パウロの思惑どおり、その日以降、従僕が目の前に現れることはなかった。

しかし、手紙は止まらない。
従僕が消えてから数ヶ月、毎日ギルドに届いている。

気付けば従僕との再会から、6か月が経とうとしていた――。

ギレーヌ
「パウロ、今日の分だ」

パウロ
「捨ててくれ」

ギレーヌ
「わかった」

ギース
「今日もギルドに届いてたのか。
なあ、そろそろ読んでやったらどうだ?
何が書いてあんのか気にならねえのか?」

パウロ
「そんなに読みたいならお前が読めよ」

ギース
「ああ? さすがに人の手紙を読んだりしねえよ。
仲間のもんだってなら、なおさら」

ほぼ毎日ギルドに届く手紙を、メンバーが日替わりで受け取ってはパウロに渡してくる。
ソレはもはや黒狼の牙の日課となっていた。

エリナリーゼ
「パウロ、ちょっといいかしら?」

パウロ
「どうした?
新しい依頼はまだ受けてねえから、今夜はハメ外してきてもいいぜ?」

エリナリーゼ
「ええ、そうさせてもらいますわ。
パウロ、あなたはここへ行きなさいな」

エリナリーゼに渡されたメモを見ると、簡易的な地図が書かれている。

パウロ
「ここは……宿?」

パウロ
「遠回しに誘ってんのか?」

エリナリーゼ
「いいえ、違いますわ。
そこにはパウロに会いたがっている方がいますの」

パウロ
「俺に恋したけど、声をかけられない奥手な女の子とか?」

エリナリーゼ
「あなたに振られ続けている、ご実家からの使者が待っていますのよ」

パウロ
「は……」

エリナリーゼ
「しばらく離れていらしたけど、今日ここへ戻って来たみたいですわ。
先ほど偶然お会いしましたのよ」

エリナリーゼ
「それでわたくし、あなたと引き合わせようと思ってセッティングいたしましたの」

パウロ
「ふ……ざけんなよ?
勝手なことしてんじゃねえぞ」

頭に血が昇っていく。
受け取ったメモを握りつぶす。
怒鳴りたくなる衝動を、最後の理性で抑えた。

エリナリーゼ
「ふざけてなんていませんわ。
わたくしは大真面目でしてよ?」

タルハンド
「エリナリーゼ、やめておけ。
儂らは深入りはせんと決めていたはずじゃ」

エリナリーゼ
「わたくしたちは代わりに手紙を預かってパウロに渡しては、捨てられるのを見てまいりましたわ。
何度も、何度も」

エリナリーゼ
「しかしどれだけ時間をかけても、現状は何も変わっていませんわ。
時間だけが無駄にすぎていきましたわ」

パウロ
「じゃあ気にしなきゃいいだろ。
俺の態度にイラつくくらいなら、手紙なんざ受け取るな。
無視しときゃいいじゃねえか」

エリナリーゼ
「あなたはどうですの?
無視できているんですの?」

パウロ
「ああ」

エリナリーゼの目を見返しながら頷く。
彼女はフッと、パウロを見下すように笑った。

エリナリーゼ
「ウソですわね」

パウロ
「!!」

エリナリーゼ
「心を掻き乱されているのは明白ですわ。
今はまだ大丈夫でも、その内、気を取られて大きなミスを犯してしまうかもしれないのではなくって?」

エリナリーゼ
「パーティのリーダーがそんなことでは、わたくしたち、命なんて預けられませんことよ」

エリナリーゼは決して声を荒げていないし、大きな声を出しているわけでもない。
しかし彼女の言葉はパウロの胸につき刺さった。

パウロはエリナリーゼから目を逸らす。

パウロ
(俺は……今、自分で……)

パウロ
(自分の居場所を壊そうとしてるのか?)

体温が下がったかのような感覚。
血の気が引いていき、背筋がざわめいた。

エリナリーゼ
「パウロ」

パウロ
「……なんだよ」

彼女の顔を見られない。

エリナリーゼ
「仲間から目を逸らすなんて、あなたらしくありませんわよ」

エリナリーゼ
「パウロ、顔をお上げなさい」

ゆっくり顔を上げる。

パウロ
(あ……)

厳しい言葉に反して、エリナリーゼの顔は穏やかだった。

エリナリーゼ
「天下の黒狼の牙のリーダー、パウロともあろう男が、実家の連絡くらいでビビッてどうするのです」

エリナリーゼ
「おとなしく会ってらっしゃい。
不快なことを言われた時はぶん殴ってさしあげればいいのですわ」

ギレーヌ
「わかりやすくていい。
その時はあたしも手を貸そう」

ギース
「つーことなら俺らは、強い酒でも用意しとくか」

タルハンド
「記憶を飛ばすほどのモノか。
うむ、心当たりがある」

パウロ
「お前ら……」

パウロ
(仲間にこんなに背中を押されてまで、張るような意地じゃねえ、か)

パウロは握りしめていた手を開くと、しわくちゃになったメモを広げる。

パウロ
「……仕方ねえから会ってくる。
今度もまた追い返してやるぜ」

パウロは素直な性格の青年ではない。
そんな皮肉を口にしながら、従僕の待つ宿に向かった――。

パウロが本当に来ると思っていなかったのか、部屋のドアを開けた瞬間、従僕は信じられないと言わんばかりの顔をした。

従僕
「坊ちゃま……」

パウロ
「余計な話をする気はねえ。
さっさと用件を言え」

従僕
「っ……はい……」

向かい合わせに座る。
従僕の彼は前に見た時よりも痩せていた。

パウロ
(こいつの顔を見てると、余計なことばっかり思い出す……)

パウロ
(早く終わらせて、あいつらと飲みに――)

従僕
「旦那様が身罷られました」

パウロ
「は――」

今、何を言われた?
現実逃避していたパウロの意識が、一瞬で呼び戻される。

パウロ
「お……お前、何言って……」

従僕
「旦那様……アマラント様が、病死なさったと申し上げたのです……」

パウロ
「……んな、馬鹿な……」

手が震えた。
頭が言葉を理解することを拒んでいる。
涙は出ないが、頭痛がした。

従僕
「坊ちゃまが屋敷を出られてからというもの、旦那様はそれまで以上に己を厳しく律され、当主として立派に振る舞っていらっしゃいました」

従僕
「しかし1年ほど前に、病にかかって体調をお崩しになったのです。
それからはお身体の状態も思わしくなく……」

従僕
「それから、しばらくした頃でした。
坊ちゃまがキッカ王国にいると知ったのは……」

従僕
「旦那様が危険な状態であることをお伝えしなければと思い、6か月前に私が参った次第でございます」

パウロ
「そうか……」

従僕
「本当であれば、つれ帰りたかったのですが、私の力ではとうてい無理なこと……。
ですので、私は1度屋敷に戻りました」

パウロ
「お前が、最期を看取ったのか?」

従僕
「屋敷の者と、ピレモン様で……」

パウロ
「ピレモン、か」

最後に顔を合わせた時、ピレモンは子供だった。
今となっては、弟がどんな顔をしているのかさえ、わからない。

従僕
「旦那様が病に伏せってしまい、急遽ピレモン様が当主の代行をなさっていました」

パウロ
「あいつが?」

従僕
「はい……。
旦那様の立派な姿を見ていらしたからか、上手く立ち回ろうと努力なさっておりました」

パウロ
「……過去形、か」

従僕
「貴族の世界は甘くありません。
年若いピレモン様は侮られ、見下され、完全に心が折れてしまったのでしょう……」

従僕
「常に周囲の顔色を窺い、より強い者へ媚びへつらうようになりました」

従僕
「当主としてあるまじき流れやすさなのです。
意見をコロコロ変えてしまい、下の者たちを混乱させることも少なくありません」

ピレモンはすっかり貴族の世界に染まっているらしい。
強い者に従う。
それが貴族の世界で生き延びる術のひとつだ。

生意気でかわいげのない弟だった。
旅に出て以来、ほとんど思い出したことがないくらい、彼への感情は希薄だ。

パウロ
(それでも……)

パウロ
「親父は何をしてたんだ?
例え病気で伏せっていても、あいつならピレモンを厳しく育てられただろ?」

従僕
「……旦那様は恐れておいででした。
厳しく接してしまえば、ご自身がパウロ様に行った仕打ちを繰り返すことになるのでは、と……」

パウロ
「恐れる……?
あの親父が……そんな、ウソ、だ……」

パウロに見向きをもしなかった、父。
ずっと憎い存在だった。

けれど憎むと同時に、恐れてもいた。
自分が逃げ出した世界で生き抜く強い姿が、今でも記憶に刻まれている。

パウロ
「ピレモンがどんなヤツになったかは知らねえが、それでも支えるのが、お前らの役目じゃねえのか?」

従僕
「おっしゃるとおりでございます。
しかし、ピレモン様はあまりにも、下の者からの人望を失っておられる……」

従僕
「もっともまずかったのは、病に伏せ、衰弱していくアマラント様に何かと甘える様子を見せてしまったことです」

パウロ
「!」

従僕
「もともと屋敷に仕える者たちの、旦那様への敬愛は深いものでした。
それもあり余計にピレモン様への不信が高まりました」

従僕
「自分の意見もなく、甘えてばかりのピレモン様より、自身の意思を貫いていらしたパウロ様のほうが、ノトス・グレイラット家の当主に相応しい――」

従僕
「今は誰もがそう思っております」

パウロ
「俺に……家に戻って、ノトスを継げって言ってんのか?」

従僕
「グレイラットは武門の家柄です。
Aランクの冒険者をしていた過去は、隠す必要もありません」

パウロ
「……ふざけてんのか?」

パウロ
「俺は冒険者を『過去』にする気はねえ。
寝言は寝て言え」

パウロの答えはすでに出ている。
貴族の世界に戻るつもりなど、さらさらなかった。

パウロ
「話がそれだけなら、俺はもう行く。
俺の前に2度と顔を出すな」

部屋を出るため席を立とうとした時、パウロの前に1通の手紙が差し出された。

パウロ
「なんだ?」

従僕
「旦那様が遺されたお手紙です」

パウロ
「!! 親父が、俺に……?」

パウロの脳裏に、家を飛び出した夜の記憶が蘇る――。

アマラント
「貴様……! 家の名を愚弄するか!?」

アマラント
「そのような者はこの家に必要ない!!
家名はピレモンに継がせる!
今すぐ出て行け!!」

パウロ
「ああ! 上等だ!
こんな家、こっちから出て行ってやる!!」

売り言葉に買い言葉。
最後に見た父の顔は激高したもので、思い出すだけで苦い気持ちが胸の中で渦巻く。

従僕
「どうかこの手紙だけはお読みください。
アマラント様の最期の、最期のお手紙なのです……!」

パウロ
「………………」

パウロは手紙を受け取るが、

開けるのを躊躇っていた。

パウロ
(親父の、最期の……)

従僕が出し、仲間が受け取って、パウロが捨て続けていた手紙。
あれを読んでいたら最期の時に立ち会えたのだろうか。

パウロ
(親父が危篤だって知っていたら、俺は会いに行ったのか?)

『もしも』をいくら考えてもわからない。

パウロは深く息を吐くと、やがて封を切って手紙を読み始めた。

アマラント
『パウロへ。
お前がこの手紙を読む時、私は死んでいるだろう。
病に伏せってからというもの、お前のことをよく思い出す』

アマラント
『私は大きな間違いを犯した。
お前を追い出した夜だけではない』

アマラント
『私はずっとお前への接し方を間違え続けていた。
軟禁したことも、冷たくあたったことも、お前への仕打ちは間違いばかりだった』

アマラント
『バレンティナを失った悲しみと、彼女を救えず、何もできなかった己への怒りを、お前にぶつけてしまった』

アマラント
『どれだけ剣の腕を磨こうとも、どれだけ領主として讃えられようとも、私は未熟な人間だ。妻も息子も失ってしまったのだから』

アマラント
『すまない、パウロ。
お前の気持ちを考えようともせず、厳しくあたった。
お前の気持ちを考えようともせず、責め立てた』

アマラント
『本当にすまなかった。
愚かな父をどうか――』

手紙は途中で終わっていた。

パウロ
(愚かな父をどうか……許してくれ、か?)

パウロ
(……できるわけ、ねえだろ。
俺はあんたのしたことを許す気はない)

顔を上げて従僕を見れば、期待のこもった眼差しでパウロを見ている。

手紙に心を打たれたパウロが戻ると言うのを期待しているのかもしれない。

パウロ
「ノトス・グレイラットは、アスラ王国の上級貴族。
歴史のある、武門の名家だ」

従僕
「ええ、そのとおりでございます。
坊ちゃまが継承なさる御家で――」

パウロ
「その気はない。
俺とはもう関係ない家だ」

従僕
「パウロ様……!?」

パウロ
「貴族の名は捨てた。
戻る気はない」

パウロ
「お前らはノトスの家臣だ。
どんなに不満があっても、当主に誠心誠意仕えろ」

パウロ
「親父を敬愛してたって言うなら、家臣としての生き方を放棄すんな。
別の当主を担ごうなんざ謀反もいいとこだぜ」

従僕
「そ、それは……」

パウロ
「金輪際、俺の前に顔を出すな。
次に接触してこようとしたら、斬る。
容赦はしない」

修羅場をくぐり抜けてきた手練れの冒険者ににらまれ、従僕は呼吸すら忘れたように固まった。

このまま持ち帰る気にはならない。
パウロは手紙を置いて席を立った。

パウロ
(アマラント・ノトス・グレイラット……。
強く見えてたあんたも、弱いひとりの男だったのか)

パウロ
(それがわかったところで、許す気にはなんねえ。
でも……あんたが死ぬ前に1度だけ……)

パウロ
(会って話をする機会があっても、よかったのかもしれないな)

子供の頃のことを忘れる日はこないだろう。
それでもほんの少しだけ、軽くはなったのかもしれない。

パウロ
(いつか俺に子供ができたとして、俺はあんたみたいな間違いは犯さない)

パウロ
(死ぬ時に『間違えてばかりだった』なんてことを思わないように、これからも生きていく)

自分で見つけて、ようやく手に入れた、この居場所で生き続けるんだ……と、パウロは強く思う。

部屋を出る直前の、ほんのわずかな一瞬。
パウロは最初で最後、父、アマラントの冥福を祈ったのだった――。



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