パウロ外伝 冒険者引退編4話【ブエナ村での生活】


パーティ解散をめぐる黒狼の牙の言い争いは激しくなり、その日は病院から追い出される形で話は中断となった。

ゼニスは数日後には無事に退院し、病院がある町の宿へと身を移していた。

ゼニス
「……あれから、みんなとは話したの?」

パウロ
「………………」

パウロ
「顔すら合わせてねえよ」

ゼニス
「ぁ……そうなのね……」

小さな町のため、宿はひとつしかない。
そのため黒狼の牙は同じ宿に泊まるしかないのだが、どうやら彼らは一切関わっていないようだ。

ゼニス
「もうみんなと話さないつもり?」

パウロ
「……ああ。俺の決意は変わらねえしな。
それはあいつらだって一緒だ」

そう言いながらパウロはゼニスを見て、フッと表情を緩めた。

パウロ
「ま、なんにしても、心配しなくていい。
ゼニスは体調を万全にしておいてくれ」

パウロ
「このあとはすぐにでも、長距離を移動することになるからな」

ゼニス
「え?」

パウロ
「一緒にはいられねえ。
あいつらとは離れるつもりだ」

ゼニス
「どこに行くのか、もう決めてるの?」

パウロ
「………………」

ゼニス
「パウロ……長い距離を移動し続けるのは、無理だと思うわ。この子を産むなら、どこか落ちつける場所が必要よ」

パウロ
「落ちつける場所、か」

パウロ
「どこか定住できるようなとこ……」

パウロは難しい表情を浮かべたが、真剣な顔で見つめてくるゼニスに気づいてフッと表情を崩した。

パウロ
「わかった、考えとくよ。
まー、まったくアテがないわけじゃねえから、大丈夫だ。心配すんなって」

パウロ
「それより、退院したばっかで疲れただろ?
少し休むといい。
俺は……ちょっと出てくる」

ゼニスを安心させるように笑みを浮かべたまま、パウロは部屋を出て行く。

ゼニス
「はぁ……」

ベッドに横たわり、深く溜め息を漏らす。
しばらく目をつぶっていたが、モヤモヤしてしまって眠れそうにはない。

ゼニスはまだ膨れていない腹を撫でながら、唇を噛み締めた。
パウロの考えていることがわかるからだ。

ゼニス
「……このままじゃダメよ」

医者たちの手厚い治療と看護のおかげで調子がいい。
ゼニスは起き上がって部屋を出ると、同じ宿にいるはずの仲間たちの元へ向かった。

メンバーはバラバラに部屋を取っていたが、みんな同じ場所に集まっていた。

エリナリーゼ
「ゼニス、もう体調はいいの?」

ゼニス
「ええ、大丈夫よ。
それよりも、パウロの……私たちのことだけど――」

タルハンド
「ゼニス、勘違いするでないぞ。
儂らが怒っているのはパウロに対してじゃ」

タルハンド
「お主を恨んではおらぬし、妊娠や結婚を反対しているわけではない。
そうであろう?」

ギレーヌ
「ああ、そうだ。みんなで話した」

ゼニス
「!! でも、パウロひとりに責任があるわけじゃないわ。
ひとりじゃ妊娠も結婚もできないもの……」

ゼニスはグッと拳を握りしめる。
いっそのこと自分を罵ってくれたら良かった。
けれど仲間たちはゼニスを責めたりしない。

ゼニス
「パウロが病室で言ったことは、本心なんかじゃないわ……」

入院していた時からずっと考えていた。
売り言葉に買い言葉だったとしても、どうしてパウロがあれほど鋭い刃を仲間たちに放ったのか。

ゼニス
「彼は自分を悪者にしようとしてるの。
全部の責任を負って、私を守ろうとしてる!
だから、パウロひとりを責めないで……!」

ゼニスが声を上げてパウロを擁護する。
黒狼の牙のメンバーは彼女の言葉を聞き、静かに息を吐く。誰の顔にも驚きはなかった。

ギース
「……わかってるさ、そんなこと」

ゼニス
「え……」

エリナリーゼ
「あの瞬間はともかく、今となっては、あれがパウロの本心だったとは思いませんわ」

ギレーヌ
「ああ、あたしでもわかる」

黒狼の牙の仲間たちが全員頷く。
共に冒険してきたパウロのことを、全てではないにしても、みんなよく理解していた。

エリナリーゼ
「だからこそ、腹が立ちますわ」

ゼニス
「どういうこと……?」

エリナリーゼ
「パウロは自由で奔放で、自分が思うまま好き勝手につき進むような男ですわ」

エリナリーゼ
「そんな彼が黒狼の牙解散の全責任をひとりで負う……。
そんな自己犠牲のようなことをするなんて、未だに信じられませんわ」

ギース
「そうまでして、あいつはパーティを解散したがってるってことだろ?」

ゼニス
「っ……」

タルハンド
「だから余計に許せぬ!
ここが儂らの――」

パウロ
「何してんだ、テメェら?」

不意に聞こえた声がタルハンドの言葉を遮る。
ゼニスたちが振り返ると、ドアのところに不機嫌そうな顔のパウロが立っていた。

パウロ
「まさかゼニスを囲んで、文句でも言ってんじゃねえだろうな?」

エリナリーゼ
「なんですって?
わたくしたちが彼女を責めて危害を加えるとでも?」

パウロ
「ゼニス、こっちに来い」

ゼニス
「え……あの、パウロ、誤解しないで。
ここへは私が自分の意思で来たの。
それに私、責められてなんていないわ」

パウロ
「いいから、こっちへ」

ゼニス
「ぁ、ええ……」

パウロはゼニスの言うことを聞いても真剣な表情を崩さない。

困惑しながらもパウロのほうへ近づけば、彼は前に出てゼニスを背に隠した。

タルハンド
「お主、本気か?
儂らからゼニスを守ろうと?」

パウロ
「血の気の多いヤツらだからな」

パウロは向かい合った仲間たちを挑発するように、フンと鼻で笑った。

パウロ
「この町を出たら、俺はギルドに行く」

ギレーヌ
「……報酬を受け取りにか?」

パウロ
「それもあるが……」

パウロ
「パーティの解散の手続きをする。
俺は黒狼の牙のリーダーだ。
お前らがなんと言おうと好きにさせてもらうぜ」

あまりに傲岸不遜(ごうがんふそん)、堂々とした物言いにメンバーは絶句し、次の瞬間、メンバーの怒りが爆発した。

タルハンド
「パウロォォーッ!!!」

エリナリーゼ
「あ、なた……!
よくもそんなことが言えましたわね!」

タルハンドとエリナリーゼが真っ赤な顔で立ち上がった。
飛びかかろうとしたふたりを、ギースとギレーヌが羽交い絞めにして止める。

パウロ
「おー、いいぞ。
その調子で止めといてくれ」

ギース
「お前のせいでこうなってんだぞ!!
ふざけたこと言ってる場合か!」

パウロ
「ふざけてねえよ。俺はずっと本気だぜ」

パウロ
「お前らとはここまでだ。
もう2度と会うことはねえだろうな」

ゼニス
「あっ……」

パウロは『元』メンバーに背を向けると、ゼニスの手を引いて部屋を出た。

ギース
「待てよ、パウロ!! パウロ!!」

自分の名前を呼ぶ怒声を背に、パウロはゼニスをつれて部屋に戻る。
そのまま手早く荷物をまとめて、宿を出た。

ゼニス
「パウロ、このまま行くつもり?
みんなと、もっとちゃんと話したほうが……!」

パウロ
「これでいい。
殴り合いにならなかっただけマシだ」

パウロ
「それよりも、急に出ることになって悪いな。
本当は明日出立する予定だったけど、こういうことになっちまった……」

パウロ
「でも今から出れば、陽が落ちる前には宿のある町につくはずだ。
野宿にはならねえから安心してくれ」

ゼニス
「ぁ……」

ゼニスを見るパウロの目は優しい。
それでもその目の中に哀愁を見た気がして、ゼニスは『戻ろう』も『話そう』も言えなくなる。

自分が黒狼の牙のみんなから、パウロを奪ってしまった。
自分がパウロから、黒狼の牙のみんなを奪ってしまった。

ゼニス
「……ええ。パウロと一緒なら安心だわ」

ゼニスは謝罪の言葉を口にしない。

謝ったところで黒狼の牙が戻ってこないことも、謝罪は自分の心を楽にするだけで、パウロを救いはしないことを、彼女はわかっていた。

ふたりは安全な街道を進んだ。
妊娠したゼニスに合わせたため、到着は予定よりも少し遅れて夜になった。

パウロ
「泊まれる部屋があってよかった」

普通なら宿の部屋を借りられる時間ではなかったが、皮肉にも黒狼の牙の名前のおかげでひと部屋空けてもらうことができた。

パウロ
「明日は朝から少し出てくる。
戻って来たら出立しよう」

ゼニス
「どこへ行くの?」

パウロ
「あー……ギルドに行ってくる。
手続きをしないといけねえからな」

ゼニス
「……手続きって、解散の?」

パウロ
「ああ」

わかりきっていることを尋ねてしまったが、パウロは嫌そうな顔ひとつせずに頷いた。

ゼニス
「……私も一緒に行くわ」

パウロ
「無理しなくてもいいんだぜ?」

ゼニス
「無理をしてるのは、パウロのほうじゃない?」

パウロ
「俺?」

ゼニス
「本当はこんなことしたくなかったんでしょう?
黒狼の牙はただのパーティじゃない。
あなたにとって大事な居場所だった……」

ゼニス
「今ならまだ――」

パウロ
「間に合うから、あいつらに謝って冒険者を続けろって?」

ゼニスの言いたいこと読み取ったかのように、パウロが言葉を続ける。

パウロ
「ゼニス、お前は勘違いしてる」

ゼニス
「勘違い……?」

パウロ
「……座って話そう」

パウロはゼニスに椅子を勧めると、彼女の膝にベッドにあったブランケットをかけた。

パウロ
「黒狼の牙は上手くいっていた。
最高のパーティだと、こんな風になっちまった今でさえ、そう思う」

パウロ
「個性的なヤツばっかりだけど、不思議と上手く噛み合ってた」

ゼニス
「ええ、そうね。
だからこそ黒狼の牙は居心地が良かったわ……」

パウロ
「大げさじゃなく、あのまま続けてたら、世界制覇……最強の冒険者パーティとして、頂点に立てたはずだ」

パウロ
「それに何より、楽しかった……。
あいつらと馬鹿なことして、暴れまわるのは」

気に入らないヤツらのところへ殴り込みに行ったのも、酒場で馬鹿騒ぎしたのも、命懸けで迷宮を攻略したことも……。

目を閉じなくても全て思い出せる。
きっとこれから先、何十年経ったとしても忘れないだろう。

パウロ
「もしゼニスと出会わなかったら、俺は今でも黒狼の牙のリーダーで、冒険者として好き放題やって生きていったと思う」

パウロ
「だけど、お前に出会って、俺が本当に欲しかったものはなんなのか、気づいちまった」

ゼニス
「っ……」

パウロ
「ゼニスの気持ちはわかってる。
苦しい思いをさせてるんだよな……」

パウロ
「情けねえぜ……。
妊娠に気づいたばっかで不安な時に、責任を感じさせてすまない……」

パウロはゼニスの傍らに跪き、彼女のたおやかな手を取って握りしめる。
絶対に離さないと誓った手だ。

パウロ
「だけど、それでも俺は……」

パウロ
「これから先の人生、ゼニスと腹の子と生きていきたいんだ」

心を込めて、その心が全て彼女に伝わるように、パウロは一切の迷いなく言い切った。

ゼニスはパウロの言葉を聞き、彼がどれほどの覚悟を持っているのか悟る。

ゼニス
「パウロ、あなたは前を向いて進むって、覚悟を決めているのね……」

パウロ
「ああ」

ゼニス
「……自分を責めているだけじゃダメね。
いつまでも過去を悔いるんじゃなくて、私も前を向かないと……」

ゼニス
「だって私は、あなたの妻になって、この子の母親になるんだもの」

黒狼の牙のメンバーたちへの罪悪感や、こうなったことへの責任感を捨て去ったりはできない。

それでも前を向かなければならないのだと、強くならなければならないのだと、ゼニスは固く決心する。

ゼニス
「パウロ。もしも定住する場所が、まだ決まっていないなら、私、国へ戻っても――」

パウロ
「そんな必要はない」

前を向くと決めたゼニスが帰郷を提案しようとすると、パウロが言葉を遮って止めた。

パウロ
「嫌な記憶のある場所に戻って、そんなとこで落ち着いて出産なんてできねえだろ」

ゼニス
「じゃあ、どこへ行くって言うの?」

パウロ
「アスラ王国――」

国を捨てたのはパウロも同じだ。
そんな彼がゼニスのために捨てたはずの国へ戻り、定住すると言ってくれている。

捨てた場所へ足を運びたくない気持ちが、彼女には痛いほどわかっていた。だからこそ、パウロの献身に心を打たれ、気持ちが固まっていく。

ゼニス
「パウロ――」

ゼニス
「これまでみんながあなたを支えてきた以上に、これからは私が、あなたを支えていくわ。
傍で、ずっと……」

パウロ
「ゼニスが傍で支えてくれるなら心強い。
なんでもできそうだぜ」

この日の夜、ふたりはひとつの寝台で、決して離れないようにきつく抱きしめ合って眠った。

次の日。
パウロはゼニスと共にギルドへ足を運んだ。
そして受付の女性に冒険者カードを差し出した。

パウロ
「依頼の完了と、パーティ解散の手続きをしてくれ」

大きくもなければ小さくもない声だ。
パウロの顔は冒険者たちに広く知られている。
ギルド内で遠巻きに見ていた者たちがざわついた。

冒険者A
「か、解散!? 黒狼の牙が!?」

冒険者B
「とんでもねえこと聞いちまった!
みんなに教えてやろうぜ!」

受付の女性
「!! ……はい。お疲れ様でした」

さすがと言うべきか、受付の女性は一瞬目を丸くしただけで、余計なことを言わずに手続きを行ってくれた。

ゼニス
「冒険者カードの更新をお願いします」

受付の女性
「はい」

戻ってきたパウロとゼニスの冒険者カードからは、『黒狼の牙』の文字が消えている。
ふたりはそれを1度見て、何も言わずにしまった。

冒険者A
「他のヤツらはどうしたんだ?
ま、まさか死んだとか……?」

冒険者B
「そう簡単にくたばるような連中かよ!
1回見たことあるけど、あいつら全員バケモンだぜ!?」

ギルド内のざわめきがやまない。
好奇心旺盛な視線を向けられる不快感から、パウロは顔をしかめた。

パウロ
「……うるせぇな」

冒険者A
「!!」

パウロが目を鋭くしてギルド内を見わたせば、ざわめきがピタリと止まる。

誰もが瞬間的に口を閉ざす。
そんな中、ふたりはギルドを出た。

町の出入口に向かって進んでいると、ゼニスが彼の服の裾を引いた。

ゼニス
「ねえ、パウロ。
冒険者カードを更新した時、みんなはどう思うのかしらね?」

パウロ
「まあ、間違いなく怒るんじゃねえか?」

ゼニス
「そうよね……」

ゼニスは目を伏せて溜め息を漏らす。

ゼニス
「……やっぱり、預けておくべきだったんじゃない?
今からでもギルドに戻りましょう?」

パウロ
「今頃すげえ騒ぎになってんぞ。
人も集まってきてるだろうしな……。
そんなとこに戻りたいか?」

ゼニス
「それは、戻りたくないけど……、でも私たちだけが報酬を手に入れるなんて……」

黒狼の牙が最後に受けていた依頼の報酬は今、全額パウロの手の中にある。
つまるところ、持ち逃げ、だ。

パウロ
「これから金がかかるんだ。
結婚と出産の祝いってことでいいじゃねえか」

ゼニス
「いいわけないわ……って、今さら言ってもどうしようもないけれど……」

ゼニス
「でもパウロ、あなたはこの数ヶ月、『真っ当』になろうとしていたんでしょう?」

パウロ
「ああ、馬鹿をやるのはこれが最後だ」

冒険者カードを更新し、報酬を持ち逃げされたことを知った彼らは怒って、パウロを恨むだろう。

もしかすると、こう思うかもしれない。
最低なロクデナシで、やりたい放題の自由人、やっぱりアイツはなんにも変わってない! と――。

いっそのこと清々しい気分だ。
パウロは目を細めて笑った。

パウロ
(ギース・ヌーカディア)

パウロ
(厳しき大峰のタルハンド)

パウロ
(エリナリーゼ・ドラゴンロード)

パウロ
(ギレーヌ・デドルディア)

自分が壊してしまったものだが、それらは間違いなく、パウロにとって大事なものだった――。

旅の目的地はアスラ王国だ。
パウロはゼニスの体調を気遣いながら、広く、安全な道を進んでいく。

ある程度まとまった金があったため、パウロは荷馬車を購入したが、その歩みは妊婦を気遣い、ゆっくりとしていた。

パウロ
「………………」

アスラ王国に入ると、パウロの表情がだんだんと硬くなっていく。
そのためゼニスは詳細な目的地をずっと聞けずにいた。

ゼニス
「ふぅ……」

パウロ
「大丈夫か?」

ゼニスが腹を撫でながら息を吐くと、手綱を引いていたパウロが馬車を止めて振り返る。

ゼニス
「ええ、大丈夫よ。
パウロこそ疲れてない?
お水を用意するわ」

パウロ
「ああ、無理するな、自分でやる!」

パウロの慌てた様子に、ゼニスはクスクスとおかしそうに笑った。

ゼニス
「妊婦だって、まったく動けないわけじゃないのよ?」

パウロ
「って言われてもな……。
俺は男だから体感できねえけど、動きにくいってのは見ただけでわかる」

パウロ
「……腹、だいぶ目立つようになってきたからな。
なんつーか、ソワソワしちまうぜ」

ゼニス
「ふふ、まだまだ産まれないわよ」

パウロ
「でも、安静にできる場所に居つくのは、できるだけ早いほうがいいんだろ?」

パウロはガシガシと頭を掻いて、荷物の中からアスラ王国の地図を取り出した。

パウロ
「俺の故郷はこの辺りだ」

ゼニス
「ミルボッツ……」

パウロ
「今は弟が領主らしい」

ゼニス
「そこへ行くの?」

パウロ
「それはない。絶対に」

間髪入れずにきっぱり言い切る。

捨てた故郷に戻るのはもちろん、弟にゼニスや腹の中の子を紹介するなど、決してありえない。

パウロ
「俺たちが行くのは、こっちだ」

ゼニス
「フィットア領……?」

パウロ
「治めているのはボレアス・グレイラット家。
俺の母親の生家で、領主は母の兄だ」

ゼニス
「パウロの伯父様……。
どういった方なの?」

パウロ
「んんー……子供の頃に何度か顔を合わせただけで、深いつき合いはなかったが……良く言えば豪胆、ざっくり言うとやかましい人だ」

パウロ
「ま、アテにしてんのはその人じゃない。
領主の次男で、俺の従兄弟……フィリップだ」

従兄弟がなんとかしてくれる確証はない。
もう何年も会っていない上、パウロは家を捨てて飛び出した身だ。

貴族の身分を捨てて出奔した者が戻ったところで、あたたかく迎えられることはまずない。
それはミリスで貴族だったゼニスもよくわかっている。

ゼニス
「あんまり無理しないでね?
パウロと一緒なら、どこでだって生きていけるわ」

パウロ
「……そうか。
ま、あいつなら話くらい聞いてくれるだろ。
門前払いにはされねえよ」

そう言いながらも不安はぬぐえなかった。
最後に会った時、フィリップも自分もまだ子供で、彼がどんな大人になっているのかわからない。

パウロ
(あいつがどうしてるかなんて、考えてもしかたねえか……)

パウロ
(結局のとこ、会うしかねえんだ)

パウロたちはミルボッツ領をとおりすぎて、真っ直ぐフィットア領へと進む。

目的地はフィットア領でもっとも大きな町、城塞都市ロアだ。
冒険者が多く訪れる場所で多くの情報が集まる。

アスラ王国を長く離れていたため、パウロの持つグレイラット家の情報は古いものだ。
まずはボレアス・グレイラットの状況を調べることにした。

パウロ
「……は? なんだって?」

冒険者が集まる食事処。
自分の名前を伏せて何杯か酒を奢れば、B級の冒険者だという男は、ボレアス・グレイラットについてペラペラ喋ってくれた。

パウロ
「領主が交代した?
サウロス様じゃなくなったのか?」

冒険者
「ああ、1年くらい前だったかな。
息子たちの跡目争いに決着がついたんだ」

ゼニス
「跡目争い……」

冒険者
「兄のジェイムズと弟のフィリップが争って、勝ったのはジェイムズだ。
だから今の領主はジェイムズ・ボレアス・グレイラットさ」

パウロ
「………………」

ジェイムズ・ボレアス・グレイラット。
フィリップと違って年齢が離れていたため、ほとんど交流はなかった。

誕生日を祝うパーティーで会った時は、あからさまに軽蔑されていた記憶がある。

ジェイムズ
「お前たちは学校でもつるんでいるらしいな?
フィリップ、従兄弟同士とはいえ、プライベートでつき合う相手はきちんと選べよ」

ジェイムズ
「ノトス・グレイラットの問題児。
有名な話だぞ」

ジェイムズ
「ノトス・グレイラット家の長男は、10歳になるのに、剣に現を抜かすばかりで勉学に励もうとせず、礼儀作法も身についていないってな」

思い出すだけで腹が立つが、憤っている場合でないことはパウロにもわかった。

頼りにしていたフィリップが跡目争いに負けたとなると、果たして、パウロに手を差し伸べる余裕があるのか。
かといって、ジェイムズが頼りになるとは思えない。

パウロ
「……フィリップしかいねえよな……」

冒険者
「ん? なんだって?」

パウロ
「いや、なんでもねえ。
それより兄貴に負けたあと、弟は何してるんだ?
同じ家には当然いないんだろ?」

冒険者
「そりゃそうさ! 何当たり前のこと言ってんだ。
それになんにも知らなさすぎだろ。
お前、本当に冒険者か?」

パウロ
「お、おう、冒険者だ」

冒険者
「ふーん、まあ、まだ若いしな。
いいだろう、教えてやる」

冒険者
「フィリップ・ボレアス・グレイラットは、ここ、城塞都市ロアにいるぜ。
なんとビックリ、町長様さ!」

ゼニス
「町長……!?」

パウロ
「……ああ。居場所はわかったな」

冒険者
「ん?」

パウロ
「教えてくれて助かった」

冒険者
「お! こんなにいいのか?」

パウロ
「もちろん」

パウロは金をテーブルに置くと、ゼニスをつれて食事処を出た。

そして、そのままの足で向かうのはロアの中央に佇む、もっとも大きな建物……領主の館だ。

ゼニス
「立派な建物ね……」

パウロ
「ロアは400年前の魔族との戦争で、最終防衛線として機能してた町だ。
だから館って言いながら、ありゃ城さ」

領主の館の入口には門番が立っている。
訝しげな顔をする門番に近づき、パウロは声をかけた。

パウロ
「フィリップ・ボレアス・グレイラットに会いたい」

門番
「? 何を言っているんだ。
貴様のような者が会えるはずないだろう」

パウロ
「会えるさ。伝えてくれ」

パウロ
「お前の従兄弟……、
パウロ・ノトス・グレイラットが会いに来たって」

捨てたはずの名を名乗る。
そうしなければ繋いですらもらえないからだ。
門番もグレイラットの名前を無下にはできない。

その場でしばらく待つことになったが、パウロたちにはなんとか館の応接間にとおされた。

フィリップ
「……パウロか」

フィリップの眼差しは冷たい。
同じ学び舎に通い、それなりに友好を深めていた相手だが、こんな目で見られたことはなかった。

パウロ
(記憶とは全然違うな……)

パウロ
(けど、それもそうか。
最後に会ったのは10年近く前だ)

以前の関係のままではいられない。
アテになるだの、親しかっただの、そんな甘いことを考えていてはいけないのだ。

パウロは返事をするよりも早く、フィリップに対して深く頭を下げた。

パウロ
「安定した生活が欲しい。
何か仕事をくれ」

フィリップ
「……は?」

フィリップ
「……さっぱりわけがわからない。
僕は、出奔したということしか知らないんだ。
順を追って説明してくれ」

パウロ
「ああ……」

パウロは家を飛び出してからのことを全て話した。
スラムの子供たちと旅に出たこと、道場で住み込みで修行をしたこと……。

冒険者になったこと、仲間ができたこと、悪いことも山ほどして……そんな中で、ひとりの女に惚れた。
彼女が妊娠して、アスラ王国に戻って来たのだと、事情を話す。

フィリップ
「なるほど……。
確かに妊娠しているようだ」

フィリップ
「つまり、アスラ王国に帰ってきたはいいが、後ろ足で砂をかけて出奔したノトスには戻れない。
それで僕を頼ってきた、というわけか」

パウロ
「――頼む。
お前しか、頼める相手がいないんだ」

フィリップが戸惑うのがわかった。
パウロはその場に膝をつき、頭を下げる。

パウロ
「俺は、家族で静かに生きていける場所がほしい」

ゼニス
「っ、パウロ……!」

国は違っても、その行為の意味は同じだ。
それは町人や職人がする挨拶で、元とはいえ貴族……、プライドが高いパウロのするようなことではない。

フィリップ
「………………」

頭を下げているパウロには見えないが、フィリップの冷ややかな眼差しに侮蔑の色が滲むのが、ゼニスにははっきりと見えた。

フィリップ
「家の名も責任も捨て、自分勝手に生きていきた男が、今さら静かに生きていけると思ってるのか」

フィリップ
「トーマス、彼らを――」

フィリップが執事に視線を向ける。
叩き出されてしまうのだとゼニスが悟った時、バンッと、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれた。

サウロス
「………………」

のしのしと応接室に入ってきたサウロスが、膝をついているパウロを見下ろす。

サウロス
「フン、パウロか!」

パウロ
「……サウロス様、お久しぶりです」

サウロス
「でかくなったな!
だが相変わらず貴様は挨拶の仕方を知らんと見える!
それが栄えあるアスラ貴族の挨拶か!」

サウロスの声音に敵意や嘲りはない。
声が大きく、高圧的なのは元からだと知っていたが、パウロは頭を上げなかった。

パウロ
「今の俺……私は、アスラ貴族とは、関係ありませんので」

サウロス
「愚か者め!
貴様がアスラ貴族と無関係であれば、この館に踏み入ることすら許さんわ!」

サウロスの一喝に、パウロはハッとしたような顔をした。
しかしやはり膝はついたまま、頭を下げ続ける。

ノトス・グレイラットの名前を使って、応接室に上がり込んでいる以上、関係ありませんのでと言い切るのは無理な話だ。

あまりにも無様で恥ずかしい。
パウロひとりなら、仕事をくれないなら用はないと、さっさと出て行っていただろう。

パウロ
「しかし、スジが通っていないことをしていると、わかっていますので……」

サウロス
「フン! スジ! スジときたか!
そういうところはアマラント……父親譲りだな!」

父親と聞いて、パウロの顔が歪んだ。
死んだ相手とはいえ、思うところはある。

パウロ
(子供ができてからは余計にな……)

あんな父親にはならないと思う度、アマラントの顔が脳裏をよぎった。

サウロス
「あの男はスジの通らんことは大嫌いだった!
頑固で厳格、ツマラン男だ! いったいバレンティナはアマラントのどこが良かったのか!」

パウロの母親であるバレンティナはサウロスの妹にあたる。
とはいえ、ふたりはあまり似ていないのだが。

サウロス
「奴は杓子定規(しゃくしじょうぎ)すぎるのだ!
5年ほど前に奴の館で酒を酌み交わした時もそうだった!
奴は酒瓶の中身を等分しようとしたのだ!」

フィリップ
「それが普通ではありませんか?」

サウロス
「普通なものか!
美味いならともかく、まずい酒だぞ!」

サウロス
「ワシがこっちのワインはまずい、飲みたくないと言っても、自分もまずいと思うからふたりで分け合おう、
蓋を開けたなら飲むのが礼儀だとわざわざ――」

サウロスの長い話が始まる。
吐き出される言葉が止まらない止まらない。

フィリップは眉間にシワを寄せて口を閉ざし、ゼニスは興味深そうに相槌を打つ。
パウロは膝をついたまま顔を俯かせていた。

パウロ
(自分にも他人にも厳しく、だからこそ信頼できる男だったって?)

パウロ
(あの男の、俺に見えていた姿と、サウロス様に見えていた姿は違うってことか……)

フィリップ
「………………」

サウロスが話している間、フィリップはパウロに視線を向けながらも、どこか遠いところを見ているような目をしていた。

サウロス
「まさか奴がこんなに早く逝くとは思わなかった!
バレンティナに呼ばれたのかもしれんな!
パウロもそうは思わぬか?」

パウロ
「……私には、なんとも……」

サウロス
「だがしかし! 奴は死に逝く前に、なさねばならぬことをなさなかった!」

サウロス
「後継者だ!」

フィリップ
「!」

サウロス
「奴はノトスに相応しい後継者を残さず、くたばってしまった!」

サウロス
「長男は出奔するような愚か者!
次男は卑屈で矮小な男!
グレイラット本家を担える後継者がおらん!!」

サウロス
「パウロよ!
……奪い返してみるか?」

フィリップ
「それは……ピレモン・ノトス・グレイラットを排して、パウロに継がせるということですか?」

サウロス
「グレイラットは武官貴族!
S級冒険者の肩書きは不名誉にはならん!」

フィリップ
「………………」

サウロス
「パウロ、当主になるなら力を貸すぞ」

パウロは床を見つめたまま、フッと息を吐く。

パウロ
(ボレアスの息子に跡目争いさせた次は、ノトスにもやらせようってか?)

パウロ
(このジジイ……好戦的すぎるだろ)

好戦的で、豪胆で、面白そうなことを前にしたら、積極的に首をつっ込みたがる。
そんなサウロスに、パウロは血縁の近さを感じた。

しかし、彼の答えは決まっている。

パウロ
「私は、静かに暮らしたいのです。
愛する妻と、これから生まれる子と共に……」

サウロス
「その若さで平穏を望むとはな!
枯れるにはまだ早いぞ!」

フィリップ
「……その辺りにしてくださいよ。
彼に当主の座を奪う気はないようですし、僕もパウロを担ぐつもりはありません」

サウロス
「……フン! 腑抜け共め!」

パウロとフィリップの返事が気に入らなかったのか、サウロスはそう吐き捨てると、のしのしと応接室を出て行ってしまった。

フィリップが執事を呼ぶ。

フィリップ
「……確かブエナ村の駐在騎士が、この間、魔物との戦いで死んだばかりだったな」

フィリップ
「彼は剣が達者だ。任せてみよう」

パウロ
「!!」

パウロは思わず顔を上げると、驚きを隠せない表情でフィリップを見上げた。

パウロ
「フィリップ……」

フィリップ
「身分としては下級貴族。
市場すらない辺鄙な村での田舎暮らしだけど、構わないよね?」

パウロ
「もちろんだ! 恩に着る!」

パウロは喜色満面の笑みを浮かべ、再び頭を下げた。

ゼニス
「ありがとうございます!」

フィリップ
「ああ、そのままでけっこう」

パウロの隣で頭を下げようとしたゼニスを、フィリップが手で制す。

フィリップ
「これ以上、何かをしてやることはないが、どうぞ元気な子を産んでくれ」

ゼニス
「はい、必ず」

ゼニスが微笑みながら頷く。
パウロは床についていた膝を離して立ち上がった。

フィリップ
「……それにしても、これほどの美人をよく捕まえられたね。
どうやら昔からの趣味は変わらないようだ」

パウロ
「人の女のケツ見てんじゃねえよ」

ゼニス
「え……!?」

フィリップ
「見ていない。
パウロ、妙なことを言うな」

フィリップ
「……だいたい、仕事をもらった瞬間、手の平を返したように態度を変えるものじゃないよ」

フィリップは呆れたように言うと、眉間の皺を揉んだ。
パウロとゼニスは寄り添い合っており、フィリップは「あのパウロがね……」とこぼす。

フィリップ
「過程はともかく、妻になるべき相手を見つけて、子供まで作っているなんて……。
こんなに大きくなって……感動すら覚えるよ」

パウロ
「いや、なんだそれ。
俺とお前、たいして歳変わらねえだろうが。
学校だって同じ時期に通ってたし」

フィリップ
「あの頃は……楽しかった」

フィリップは口元に笑みを浮かべて目を細めた。

フィリップ
「兄との政争に負けて以来、僕の毎日は退屈だ。
ロアでの仕事は地味で面白味もなくてね」

フィリップ
「否定しはしたが、父の言っていたとおり、お前と組んでノトスの当主の座を乗っ取って、ジェイムズとやり合うのも一興かと思わなくもない」

パウロ
「やらねえぞ」

フィリップ
「わかってるよ。
今さら昔のような友人には戻れない。
だから駐在騎士の仕事を斡旋するんだ」

フィリップ
「僕が力を貸すのはここまで。
これから先は一切の援助はしない。
厳しい生活になっても、もう逃げだすなよ」

パウロ
「そんなこと、絶対にしない」

パウロ
「あの時……家を飛び出した俺は、何も持っていなかった。だけど今の俺は、大事なモンをちゃんと持ってるからな」

ゼニス
「パウロ……」

パウロはゼニスの手を取り、指を絡めて繋ぐ。
彼女は照れくさそうにしながらも振りほどきはせず、むしろ握り返してくれた――。

その後、パウロはフィットア領のブエナ村に駐在騎士として赴任……という形で、ゼニスと共に定住することになった。

アスラ王国内にはグレイラットを名乗る
傍流貴族が多くいるため、村人は誰も、パウロがノトス・グレイラット本家の人間とは思っていない。

ゼニス
「問題がないとは言えないけど……、静かで、穏やかで、いい村ね」

ゼニス
「それにフィリップ様が用意してくれたこの家も、とても立派だわ。なんだかんだ言っていても、あなたたちは今も友だちなのね」

パウロ
「だといいけどな」

パウロ
「それより、問題ってなんなんだ?
出産が近いんだ。
その前に解決しといたほうがいいだろ」

パウロが真剣な顔で問うと、ゼニスも真面目な表情を浮かべる。

ゼニス
「解決は難しいわ。でも、聞いてくれる?」

パウロ
「ああ、もちろんだ」

ゼニス
「あのね、新しく赴任した駐在騎士様なんだけど、すごく男前で頼りがいがある人なの。
魅力的な人だから、村中の女性に狙われているわ……」

ゼニス
「彼、女の人が大好きなんですって。
だから奥様は、夫がよそ見をしてしまうかもしれないって、たいそう心配しているのよ……」

パウロ
「……そりゃ確かに心配だな。
けど、大丈夫だ」

パウロ
「その駐在騎士様はとんでもなく妻を愛してる。
自分の命よりも大切だって思うくらいゾッコンで、出会えた奇跡を……」

パウロ
「ガラにもなく、カミサマに感謝しちまうくらいなんだ」

ゼニス
「……ふふ、だったら安心ね。
きっと奥様も聖ミリスに感謝しているわ」

パウロはゼニスを抱き寄せると、緩やかに弧を描く彼女の唇にそっと口づけた。

パウロ
「なあ、ゼニス」

ゼニス
「なーに?」

パウロ
「ありがとう、俺の家族になってくれて――」

子供の頃に手の平からこぼれ落ちていって、それ以来、ずっと欲していたものが、手に入った。
全て彼女のおかげだ。

パウロは日々幸福を噛みしめながら、ゼニスと手を取り合ってブエナ村で暮らしていく。

穏やかな毎日の中、過去にいろいろあったリーリャと再会し、メイドとして雇うことになるなど、想定外の事態も起こりはしたが――。

――やがてゼニスが産気づき……。

甲龍歴407年。

アスラ王国フィットア領、ブエナ村の駐在騎士、グレイラット家に待望の長男が誕生した。
授けられた名前は――。



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