パウロ外伝 冒険者引退編3話【黒狼の牙解散】


黒狼の牙が難所と云われていた迷宮を踏破したことは、同業の冒険者や商人たちの口を通して、またたく間に各国へと広まり――。

一躍、パーティはS級ランクに昇格し、『黒狼の牙に敵はいない』と謳われるほど、憧憬と尊敬、あるいは畏怖を集める存在になったのだった。

昇格を果たしてすぐ、パウロたちは王竜王国に足を運んだ。
そんな彼らを迎え入れたのは多くの民衆だった。

パウロ
「おうおう、こりゃ壮観だな!
あっちもこっちも、人、人、人……!」

ギレーヌ
「? いったいなんの騒ぎだ?」

パウロ
「決まってるだろ?
俺らを歓迎してくれてんだよ」

ギレーヌ
「歓迎……?」

ギレーヌにはピンとこないらしく、わけがわからないとばかりに首を傾げている。

パウロ
「理解できねえか?」

ギレーヌ
「……ああ。
これまでこんなことはなかった」

パウロ
「まあ、そうだな」

パウロ
「俺たちの力を利用したい権力者や金持ち連中が、歓迎の宴を開いてくれることはあったが、街中の人間がってのは初めてか」

ギース
「これまでの黒狼の牙は、好評と悪評が半々って感じだったしな。
でも状況は変わった……」

ギース
「なんたって俺たちは、泣く子も黙るS級ランクパーティ、黒狼の牙になったんだからな!」

ギースは自慢げに胸を張った。
その顔にはありありと自信が溢れている。

タルハンド
「ふむ……。
老若男女問わず歓声を上げておるな。
まるで凱旋パレードじゃ」

エリナリーゼ
「本物の凱旋パレードくらい、格式張っていたら良かったのですけれど」

ゼニス
「え?」

エリナリーゼ
「……来ますわよ!」

ゼニス
「来るって、なんのこと?」

疑問を口にしたゼニスだが、教えられるまでもなく答えに辿りついた。

ゼニス
「!?」

われ先にと、群衆が駆けだした。
有名人を見た時の行動としては自然なものだ。

あの人に、近づきたい。
あの人と、喋りたい。
可能であれば、触りたい。

本物の凱旋パレードであれば警備にあたる者がいただろう。
けれどこの場には制止する者などおらず、黒狼の牙を求める群衆が一気に押し寄せてきた。

タルハンド
「いつもの酒場で合流するぞ!」

ギース
「あいよ!」

ゼニス
「え、ええっ!?」

まとまっていたら動けなくなる。
咄嗟の判断でメンバーは解散を選択した。
そんな中、ゼニスは目を白黒させて困惑している。

パウロ
「ゼニス、行くぞ」

ゼニス
「っ、うん……!」

パウロがゼニスの手を取って走り出した。
メンバーもそれぞれ一目散に駆けていく。

パウロは群衆を避けて細い路地に入った。
複雑に入り組んだ道をゼニスの手を引いて進む。

ゼニス
「ねえ、パウロ、どこへ向かってるの?」

パウロ
「ん? ああ、ここに来た時、黒狼の牙がいつも使ってる酒場があるんだ。
ひとまずそこに行く」

ゼニス
「そう、わかったわ」

繁華街から離れたこともあり、ゼニスは一息つく。

ゼニス
「それにしても、さっきはすごかったわね。
街中の人たちが集まっていたみたい」

パウロ
「有名になりすぎるってのも大変だな」

パウロは群衆が押し寄せる光景を思い出し、肩をすくめて笑った。

ゼニス
「でも、悪い気はしないんでしょう?
デレデレした顔をしているわ」

パウロ
「? そんな顔してねえよ。
デレデレする理由だってないしな」

ゼニス
「うーん……」

パウロ
「……信じてねえな?」

ゼニス
「だって、きれいな女の人もいたし、そういう人たちに好意を向けられるの……、パウロ、好きでしょう?」

ゼニスはパウロの反応を窺うように、上目遣いでちらりと視線を向けてくる。

パウロ
「まぁ……俺も男だし、悪い気はしねえっつーか……だけどな!」

パウロ
「今の俺にはゼニスっていう特別な女がいるんだ。
よそ見なんてするはずねえだろ」

ゼニス
「……うん」

彼女の反応は素っ気ないが、パウロは満足そうに笑った。
言葉こそ少なくても、赤く染まった頬や耳が、ゼニスの気持ちを雄弁に語っている。

パウロは手を離さないまま路地を抜け、蛇の巣穴亭という看板が掲げられた酒場に入った。

男A
「おおーっ! 来たぞ!!
黒狼の牙のリーダー、パウロだ!!」

女A
「キャーッ! パウロー!!」

足を踏み入れた瞬間、大歓声に迎えられる。
ゼニスをかばいながら人の波を掻きわけて奥の席へ行くと、すでに他のメンツは到着していた。

ギレーヌ
「遅かったな」

パウロ
「裏路地とおって回り道してきたからな。
……にしても、なんだこの状況?」

ギース
「店主が『黒狼の牙御用達!』って宣伝したんだと。
それで人が集まっちまったんだ」

パウロ
「なんだ、それ。
口の軽いオヤジだな」

タルハンド
「その分、酒代は気を利かせてくれるらしい!
思う存分飲んでいいと言っておったわ!」

パウロ
「で、さっそく飲んでるってわけか」

ゼニス
「樽を抱えて飲むなんて、相変わらず豪快な飲み方ね……」

タルハンド
「はっはっは! ゼニスもやってみるといい!」

パウロ
「やるわけねえだろ。
ゼニスに絡むな、酔っ払い」

タルハンドは樽を抱えて真っ赤な顔で大笑いしている。
どうやらパウロたちが到着する前に、飲みの席は開幕していたらしい。

パウロ
「エリナリーゼは?」

ギース
「あっちの席だ」

ギースが指差した先では男たちの壁ができていた。
その中心からは聞き覚えのある声が聞こえる。

男B
「あぁん!? エリナリーゼさんと寝るのは、俺に決まってんだろ!!」

男C
「最初に声をかけたのは俺だ!
横からしゃしゃり出てきてんじゃねえよ!」

男B
「うるせえ! どっちが彼女に相応しいか、シロクロはっきりさせてやらぁ!
決闘だ! 表に出やがれ!!」

エリナリーゼ
「決闘?
そんなことをしなくてもいいですわ。
……みんなで楽しみましょう?」

エリナリーゼ
「遠慮なさらないで。ここにいる全員で、わたくしをめちゃくちゃにしても、いいんですわよ?」

男たちが歓喜の雄叫びを上げた。
熱気が爆発する様子を眺めて、パウロは目を細める。

パウロ
「あいつはあの分だと、このままいなくなっちまいそうだな」

ギース
「おいおい、パウロ~。
お前、なーに他人事みたいに言ってんだよ」

パウロ
「あ?」

酒が入ったギースはにやけた顔を隠そうとせず、パウロと肩を組んだ。
そして酒場の一角を親指で指し示す。

ギース
「あそこにいるねえちゃんたち、お前が来るのを首を長くして待ってたんだぜ?」

ゼニス
「!」

パウロ
「ほー……」

ギース
「なんだよ、その反応は!
綺麗系から可愛い系まで揃ってんだぞ?
しかも、今にも股を開きそうな格好で!」

パウロ
「どうでもいい」

ギース
「!?」

ゼニス
「!?」

タルハンド
「………………」

ギレーヌ
「どうでもいい……?」

ギースとゼニスは顔を驚愕に染め、同じく驚いているタルハンドはポカンと開けた口から、ダラダラ酒をこぼしている。

ギース
「お、お前、どうしたんだ……?
いつもなら女の中に飛びこんで、節操なく食らいついてくじゃねえか!」

ギレーヌ
「パウロのニセモノか?」

タルハンド
「迷宮で頭をぶつけでもしたか?
ゼニス、今すぐ治癒魔術をかけるのじゃ!」

ゼニス
「え、ええっ?」

パウロ
「お前らな……!
どいつもこいつも同じ顔しやがって……、俺はニセモノでもなければ頭も打ってねえよ!」

パウロは口の端をひくつかせながら仲間たちを見わたした。

来るもの拒まずの女好き。
その認識は間違っていないが、パウロにしてみれば、それは過去の自分だ。

パウロ
(今はゼニスがいる。
他の女のとこなんか行くかよ!)

衝動のまま、パウロはゼニスの手を掴んで席を立つ。

ゼニス
「パウロ……!?」

パウロ
「……とにかく、今日はいい。
静かにゆっくり飲みたい気分なんだ」

ギース
「ふーん、珍しいこともあるな」

ギース
「だけど、それにしたって、なんでゼニスもつれてこうとしてんだよ?」

パウロ
「お前らはこれから飲み明かすんだろ?
酔っ払いが増えるってわかってる酒場に、ゼニスをひとりで置いとけるかよ」

ギース
「ああ、確かに」

すでに酒が入っていたからか、黒狼の牙のメンバーは特に疑いもせず、パウロの言葉に納得した。

パウロ
「ゼニス、行こうぜ」

ゼニス
「あ、ええ……」

タルハンドが飲み比べを始める声を背中に聞きながら、パウロはゼニスをつれて酒場を出る。
人の目を避けるように細い路地を選んで進んだ。

そして、パウロは普段より金がかかる宿に入り、受付で部屋をひとつ取った。

ゼニス
「一緒の部屋……」

パウロ
「ゼニスが嫌なら、もうひと部屋取ってもいいぞ」

緊張した面持ちのゼニスに、パウロはできるだけ柔らかい声で告げる。

同じ部屋に泊まることがどういうことか、自分がどういうつもりなのか、
ゼニスならわかると判断してのことだ。

パウロ
(無理強いはしちゃいけねえ)

パウロ
(少しでも嫌がるようなら、ゼニスの心の準備ができるのを待って――)

ゼニス
「嫌じゃないわ」

パウロの不安をよそに、ゼニスがきっぱり言い切った。
変わらず顔には緊張の色が浮かんでいるが、真っ直ぐパウロの目を見つめてくる。

ゼニス
「部屋はひとつで大丈夫よ」

パウロ
「そう、か……」

嬉しくて飛び跳ねたい気分だが、それをしてしまうのは、あまりにも格好悪い。

ソワソワして落ちつかない気持ちのまま、パウロはゼニスをつれて部屋に向かった。

部屋の中に入っても一向に冷静にならない。
それどころか妙に喉が渇いて、胸の鼓動がどんどん早くなっていく。

パウロ
(冗談だろ? 俺、緊張してんのか?)

ゼニス
「………………」

パウロ
(ゼニスが緊張するのはわかる。
こういうことするの、初めてだろうし……)

パウロ
(なんで俺まで緊張してんだよ!
数えきれねえくらいしてきてんのに!)

パウロ
(……相手がゼニスだから、か)

これでもかというほど、つきつけられる。
自分にとってゼニスという女性が、どれだけ特別な存在なのかと……。

パウロは気持ちを落ちつかせるために深く息を吐く。
そして、足元を見つめて動かないゼニスの前に立ち、細い肩に手を置いた。

パウロ
「本当に、いいんだな?
今ならまだ……その、待てるぞ……」

ゼニス
「……さっきも、確認してくれたわよね?
それは私のため? それとも……」

ゼニス
「パウロは……私に、逃げてほしいの?」

パウロ
「!」

思ってもいなかったことを言われて、パウロは目を見開く。

パウロ
「っ、な、わけねえだろ!
俺はただ……!」

ゼニス
「ただ、なに……?」

パウロ
「た、ただ、その……」

改めて口にするのは気恥ずかしいが、今の気持ちは誤魔化してはいけないことだと、パウロは直感していた。

パウロ
「ゼニスとは、ちゃんとしたいんだ」

パウロ
「俺の欲をぶつけたり、とか、その場の流れに任せたりとか、そういうのは、したくねえんだよ……」

パウロ
「ゼニスが、本当にいいって思うまで、ずっと……は、無理かもしれねえけど……、できる限り、待とうと思ってるし……」

普段のパウロらしくなく、たどたどしい言葉と態度だったが、全て本心で、嘘だけは言わなかった。

真面目に向き合いたい。
パウロのそんな気持ちが伝わったのか、ゼニスがふぅと小さく吐息を漏らした。

ゼニス
「私、わかってここにいるわ」

ゼニス
「覚悟っていうと少し大げさだけど、私は自分で決めて、あなたと一緒にいるの。
パウロと先に進みたいって思ったから」

パウロ
「ゼニス……これが最後だ。
本当にいいんだな?」

ゼニス
「ええ、もちろん。
だってあなたのこと、信じてるもの」

パウロ
「……そっか」

信じている。
そのひと言を投げられるだけでパウロの緊張は解け、あたたかいものが胸に広がる。

ゼニス
「パウロの過去の女性関係を全部知ってるわけじゃないけど、だいたいのことは、予想できるわ」

パウロ
「……なのによく、信じてくれるよな」

これまでの女性関係に後悔はしていないが、ゼニスを前に堂々と話せるはずもない。

パウロは気まずさで目を逸らすが、ゼニスがくすくす笑う声を聞いて、彼女を見つめ直す。

ゼニス
「私はね、これからのパウロを信じているのよ」

ゼニス
「これから、他の女性に手を出さないなら、抱いてもいいわ」

パウロ
「ああ! 当然だろ!」

パウロは笑顔で即答し、衝動的にゼニスを抱きしめた。

ゼニス
「ちょっと、パウロ!」

そのまま彼女を抱き上げてクルクル回り、ふたりでベッドに倒れ込む。

パウロ
「ゼニス、約束だ。
お前以外の女に手を出したりしねえ」

ゼニス
「……ええ、そうしてね」

パウロが逡巡せずに即答をしたからか、ゼニスの返事には間があった。もしかすると、彼女にはまだ思うところがあるのかもしれない。

パウロ
(……俺の過去のことを知ってたら、不安にならねえはずないよな……)

パウロ
(その不安を消すのは、これからの俺次第ってことか)

パウロはゼニスを抱く腕に力を込める。

パウロ
「……ゼニス」

ゼニス
「うん?」

パウロ
「俺を受け入れてくれて、ありがとな」

ゼニス
「ふふふ、お礼なんていいの。
これは私が言い出したことなんだから。」

お互いの体温をわけ合って、同じ温度にするかのように抱きしめ合う。
そして、ふたりは愛を躱しあった。

パウロ
(あぁ……きれいだ……)

パウロ
「――俺、ゼニスのことが、自分じゃどうしようもないくらい、好きみたいだ」

ゼニス
「!!」

思わずこぼれた言葉に、ゼニスが目を見開いて固まる。

パウロ
「なんだよ、その驚き様は。
冗談だとでも思ってるのか?
俺は本気で言って――」

ゼニス
「はじめて、ね」

パウロ
「……え?」

ゼニス
「好きだって、言ってくれたの」

驚くのは、今度はパウロの番だった。

パウロ
「俺、言ったことなかったか?」

ゼニス
「うん、初めてよ」

パウロ
「……言いわけみたいに聞こえるかもしれねえけど、心の中ではずっと思ってたんだ。
好きだ、大事だ、愛してるって……」

パウロ
「思えば初めて会った時から、俺の目にはゼニスが他とは違って映って見えてた」

パウロ
「きっと、好きだったからだな」

これまで発さなかったのが嘘だと思えるくらい、パウロの口は何度も何度も愛をつむいだ。

その度にゼニスは嬉しそうにはにかみ、同じだけの愛を返してくれる。

パウロ
「お前ほど、人の心に寄り添える、優しくて、あたたかい女はいねえよ……」

ゼニス
「それはきっと、私も、パウロが好きだからよ」

これまでにパウロが経験した中で、もっとも濃密で、情熱的で、それでいて優しい、幸せな時間だった――。

翌日――。

陽が高く昇った頃に目が覚めたパウロとゼニスは、まったりと半日を過ごし、その後メンバーがいる酒場へと足を運んだ。

ゼニス
「今日もすごいわね」

パウロ
「まだ2日目だからな。
もうしばらくは続くんじゃねえか?」

酒場ではずっと宴が繰り広げられていたのだろう。
乱痴気騒ぎは今も続いていたが、酔い潰れたのか、床に倒れている者も少なくない。

その中にはタルハンドの姿もあった。
仰向けでいびきをかきながら眠っている。

パウロ
「おい、タルハンド。
ンなとこで寝てると踏まれちまうぞ」

タルハンド
「ぐがー、ぐごー……」

パウロ
「ったく、しょうがねえな」

パウロはタルハンドを担ぐと、かろうじて人が密集していないスペースに運んだ。

パウロ
「ゼニス、ちょっと待っててくれ。
店主と話してくる」

ゼニス
「ええ、わかったわ。
タルハンドのことは任せておいて」

パウロ
「ああ。すぐ戻る」

パウロは店主の元へ行くと、黒狼の牙が飲み食いした分以上の金を支払った。

店主は「こんなにもらえない!」と言うが、パウロは押しつけるように金が入った袋を手渡す。

パウロ
「いいからもらっといてくれ。
どうせ誰がいくら分飲み食いしたかなんて、もうわからなくなってんだろ?」

パウロ
「俺らはこの酒場を気に入ってるんだ。
破産でもされた日には、たまったもんじゃねえ」

パウロ
「ああ、そうだ。
軽めの酒と適当につまめるモン……、あとは果物かなんか奥に持ってきてくれ」

ギレーヌ
「? パウロにしては珍しい注文だ」

パウロ
「お、ギレーヌ。
お前は酔い潰れてなかったんだな」

ギレーヌは微かに赤い顔をしていたが、前後不覚ではないらしい。
今すぐ戦えと言われても対応できそうだ。

パウロ
「ひとりで飲んでたのか?」

ギレーヌ
「ああ」

パウロ
「でも、声をかけてくるヤツはいただろ?」

ギレーヌ
「最初はそうだった。だけど、しつこく話しかけてくる男をひとり黙らせたら、そのあとは遠巻きに見られていただけだ」

どんな黙らせ方をしたのか、だいたいのことは想像がつく。
パウロは苦笑しながら店の隅を指差した。

パウロ
「あっちにゼニスがいるんだ。
それに起きちゃいねえけど、タルハンドも回収して転がしてる」

パウロ
「もう充分ひとりで飲んだろ?
ここからは一緒に飲もうぜ」

ギレーヌ
「ああ、そうしよう」

パウロがギレーヌをつれて戻ると、そこにはゼニスたちだけでなく、ギースの姿もあった。

ギース
「なんだ? ギレーヌも回収してきたのか?」

パウロ
「………………」

ギース
「タルハンドだけじゃなく、ギレーヌの世話も焼いてんのか?」

ギース
「店主にも金を渡してたみたいだし、お前、本当に頭でも打ったんじゃねえか?」

パウロ
「……おい、ギース。
人のことゴチャゴチャ言えんのか?」

パウロ
「明らかに装備が減ってるよな?
どこに落としてきた?」

ギース
「あー……それはだなー……」

面白いと言わんばかりに話していたギースは、パウロの指摘に言葉をつまらせ、わかりやすく目をそらす。

ゼニス
「賭場で巻き上げられたんですって」

パウロ
「そうなのか?」

ギース
「……ああ。昨日飲んでたヤツと盛り上がって、いい賭場を紹介してくれるって言うから、ついてったんだよ……」

ギース
「そうしたら、すっからかんにされた上、装備もいくつか持ってかれてよぉ……。
クソッ! もう少し粘れば勝てたはずなのに!」

パウロ
「負けたヤツはだいたいそう言うんだよ」

ギース
「ぐ……」

パウロは呆れたように言いながらも、ギースと肩を組んだ。

ギース
「! パウロ?」

パウロ
「しょうがねえなあ。
取られたモン、取り返しに行くぞ」

ギース
「はぁ!? なんで!?」

パウロ
「なんでだと?
黒狼の牙はいいカモだなんて噂が回ったら、ムカつくからに決まってんだろ」

ギース
「そ、そりゃそうだが……」

ギースは瞠目している。
まさか自分が頼むより前にパウロが取り返しに行くことを提案するなんて思ってもいなかったからだ。

パウロ
「ちょっと行ってくる。
ギレーヌ、ゼニスとタルハンドを頼んだ。
変なヤツらが近づいてきたら追い返せ」

ギレーヌ
「わかった」

パウロ
「にしても、ギース。
今後、賭け事はほどほどにしとけよ」

ギース
「お、おう……? つーか、お前……、なんかいつもと違わねえか……?」

パウロ
「は? 同じだよ。
馬鹿なこと言ってねえで行くぞ」

ギースが抱いた微かな疑問をパウロは一蹴する。

しかしその疑問が気のせいではなかったのだと、ギースは……否、黒狼の牙のメンバーは、すぐにつきつけられることとなった――。

エリナリーゼ
「なんですの、あの貴族たちの態度は!?
冒険者を舐め切っていますわ!」

ある日、魔物との戦闘が予想される護衛の依頼を請けた黒狼の牙は、護衛対象の貴族一家に振りまわされていた。

貴族の娘
「ちょっと! 馬車が揺れすぎじゃないの!
さっさと止めなさいな。休憩にしますわよ!」

貴族の息子
「魔物はいつ出るんだ?
冒険者などに頼らずとも、ボクが倒してやろう!
ボクの腕は家庭教師の先生も認めているんだ!」

貴族の男
「おい、退屈だ。
そこの女、隣に来て酒を注げ」

出立してからというもの、ワガママは言いたい放題、自慢話は止まらない、女好きに手を出されそうになる……などと、散々な旅路となっている。

休憩のために馬車が止まり、黒狼の牙のメンバーは顔をつき合わせた。
最初に不満を口にしたのはエリナリーゼだ。

エリナリーゼ
「あの子、わたくしたちがなれるくらいなら、自分はあっと言う間にS級冒険者になれるとか、偉そうに言っていましたわね」

エリナリーゼ
「そんなに腕に自信があるのでしたら、この辺りに置いていってさしあげましょうか?」

ギレーヌ
「身体を触ろうとしてくる」

ギース
「依頼の金を出してるからって、やりたい放題されるのは面白くねえよな」

ギレーヌ
「これ以上触るようなら切り落としてもいいか?」

ギース
「……何を切り落とすつもりかは、聞かないでおくぜ……」

タルハンド
「ゼニスもあの娘っ子には、ずいぶんきつくあたられておったじゃろ?」

ゼニス
「ええ……でも、私は大丈夫よ。
貴族の女の子との接し方には慣れているから」

剣呑な空気が流れる中、ゼニスは苦笑いしながら言った。

明らかに大丈夫ではない彼女の心情を察し、メンバーは顔をしかめる。そんな仲間たちの様子に、ゼニスはハッとして話題を変えようとした。

ゼニス
「それよりも、ギースにお願いがあるの」

ギース
「ん? なんだ?」

ゼニス
「私に料理を教えてくれない?」

ギース
「……は? どうしたんだよ、急に?」

あまりにも唐突なお願いごとにギースは困惑する。
ゼニス本人もどうしてこのタイミングで言ってしまったのかと、内心では動揺していた。

ゼニス
「その……ワガママ放題の貴族でも、ギースの出す食事は文句を言わずに食べてるでしょう?
私もそんな料理を作れるようになりたくて……」

ギース
「まあ、そりゃいいけど……」

動揺した勢いのまま頼んでしまったゼニスと、困惑したまま頷いてしまったギースの間に、なんとも言えない空気が漂う。

エリナリーゼ
「あなたたち、なんの話をしているんですの。
今はそんなことを話している場合ではありませんわ!」

空気を霧散させたのは、エリナリーゼだった。

エリナリーゼ
「ああいう輩はこちらが下手に出たら調子に乗るんです。
つけ上がらせてはいけませんわ」

タルハンド
「いっそのこと、つまらない話ができないように、貴様が馬車の中で搾り取ってやればいいのではないか?」

エリナリーゼ
「あら? たまにはいい提案をしますわね」

よほど貴族に苛立っているのか、エリナリーゼはタルハンドに喧嘩を売ることなく、彼の提案に乗り気だ。

パウロ
「お前らの言いたいことはわかった」

メンバーが不満を口にする中、パウロが真面目な顔で静かに割って入った。

パウロ
「だが、1度引き受けた以上、途中で投げ出すわけにはいかねえだろ。
最後までやるぞ」

冒険者として、パーティのリーダーとして、それは真っ当な意見だ。

だが、パウロの口から真っ当な意見が出たことに、メンバーたちは驚愕する。

エリナリーゼ
「どうしましたの、パウロ……?
そんなまともなことを言ったりして……」

ギース
「そ、そうだぜ?
あれだけ好き放題言われて、お前だってムカついてんだろ?」

パウロ
「ムカつくからって投げ出したりしねえよ」

ギレーヌ
「殴りもしないのか?」

パウロ
「護衛対象を傷つけてどうすんだ」

タルハンド
「……正論じゃ……正論じゃが……」

黒狼の牙のメンバーたちは顔を見合わせた。
全員の気持ちは一致している。

エリナリーゼ
「なんだか、今のパウロは気味が悪いですわね……」

ギース
「……だな。ま、でも、こんなのは長く続かねえだろ」

エリナリーゼ
「ええ、そうですわね。
あのパウロですもの」

エリナリーゼたちはパウロの気まぐれだと笑った。
だがしかし、それはその日だけでは終わらなかった――。

パウロ
「ギース、賭場に出入りすんなとは言わねえが、丸裸にされるまで賭けるのはやめろ」

ギース
「ああ?」

ある時はギースに、またある時はエリナリーゼに――。

パウロ
「呪いのことがある以上、お前が男を咥え込むのはしかたねえ」

パウロ
「だけどやり方を変えろよ。
エリナリーゼをめぐってヤロウ共が刃傷沙汰を起こしたそうじゃねえか」

エリナリーゼ
「……はい?」

パウロの世間の常識や倫理に則った行動と発言は、メンバーの予想に反して、2ヶ月以上経った今でも続いている。

しかも彼は『真っ当さ』を自分が貫くだけでなく、他のメンバーにまで求め出していた。

ギレーヌ
「……勉強をしろと言ったな」

パウロ
「必要なことだ」

ついにその日、依頼を終えた帰路の野営中、パウロの変貌に不満が溜まったメンバーらを発起人に、黒狼の牙緊急会議が開かれた。

ギレーヌ
「あたしには難しすぎる」

ギレーヌ
「金の数え方や計算を覚えろ、その土地のことを調べろと……、そんなに言われてもわかるはずがない」

ゼニス
「………………」

エリナリーゼ
「タルハンド、確かあなたもいろいろと口出しされていましたわね?」

タルハンド
「うむ……酒の飲み方を考えろ、酒場でバカ騒ぎするなと説かれたわい」

パウロ
「………………」

エリナリーゼ
「……ねえ、パウロ。
あなた、どうしてしまったんですの?」

エリナリーゼの問いには答えず、パウロは黙り込んだ。何も言わないリーダーに、仲間たちの苛立ちは余計に増幅する。

ギース
「俺たち、これまで自由にやってきただろ?
権力者や上のランクのヤツらに何を言われても、気に入らなければぶっ飛ばす……」

ギース
「面白そうなことに首をつっ込んで、自分たちの思うままに好き放題やる……、黒狼の牙はそれだけの強さがあるパーティだろ?」

エリナリーゼ
「あなたは変わりましたわ。あるいは、今、変わろうとしているのかもしれませんわね」

エリナリーゼ
「どんな仕事の依頼も真面目に受けて、途中で放り出したりしなくなりましたわ。
依頼人を無視することもなく、態度も良くなった……」

タルハンド
「真っ当さなど、似合わん。
正直なところ、近頃のパウロは気味が悪い」

ギレーヌ
「……同感だ」

ゼニス
「………………」

パウロ
「………………」

パウロは腕を組んで立ち上がると、不満を隠そうとしない仲間たちの顔を見わたした。

パウロ
「お前らの言い分もわかる。
だけどな、俺は変わるって決めた」

ギレーヌ
「変わる……?」

パウロ
「ガキでいることはやめたんだ」

パウロは堂々と言い放つ。

心の底から愛する女性ができて、ちゃんとした男になろうと決意したのだ。
今の行動は全てそのためだった。

しかし、そんな決意など、黒狼の牙のメンバーが知るはずもなく。

ギース
「なんだそれ!
意味わかんねえよ!!」

エリナリーゼ
「思いつきの気まぐれもいい加減になさいな!」

パウロ
「はぁ!? 思いつきでも気まぐれでもねえよ!
俺は考え抜いた上でこうしてんだ!」

黒狼の牙のメンバー同士のいさかいが、口論だけで終わるはずがない。

変わろうと鋭意努力中のパウロも反射的に声を荒げ、今にも掴み合いが始まろうとした時――。

ゼニス
「ぁ……」

それまでひと言も発さずにいた、ゼニスの身体が傾いた。

ギレーヌ
「!!」

隣にいたギレーヌが咄嗟に支える。

パウロ
「!? ゼニス!? どうした!?」

今にも喧嘩しようとしていたことなどどこかに吹っ飛び、パウロはゼニスに駆け寄った。
他のメンバーも慌てて彼女の周りに集まる。

ゼニスの顔は血の気が引いて真っ青になり、意識も混濁しているようだ。

パウロ
「ゼニス! ゼニス!」

エリナリーゼ
「パウロ、落ちつきなさい!
原因がわからないのに、そんなに揺すってはいけませんわ!」

ギース
「確かこの先に小さな町があったな。
今から急げば……夜明け前にはつくぞ」

パウロ
「ギース、先導してくれ」

ギース
「了解」

タルハンド
「儂の足では追いつけん。
あとから行く」

パウロ
「ギレーヌはタルハンドについててくれ。
エリナリーゼは俺たちと一緒に行くぞ」

何故ゼニスが倒れたのかわからない。
困惑と焦燥で頭がいっぱいになる中で、パウロはメンバーに指示を飛ばす。

パウロはゼニスを背負うと、ギースに先導される形で野営地を出た。

そして太陽が顔を出し始めた頃、小さな町に到着し、そのまま医者の家へと駆けこんだ。

パウロ
(なんでこんなことに……。
ゼニスにもしものことがあったら、俺は……!)

パウロは苛立ちと不安から壁を殴りつける。
一緒に来たギースとエリナリーゼの表情も硬い。
時間が経つのが長く感じた――。

どれほど時間が経っただろう。
太陽が空高くに昇り、後続のタルハンドたちが合流した頃――。

医者
「彼女が目を覚ましましたよ」

パウロ
「!! ゼニスは? 無事なのか?」

医者
「詳しいことは彼女に直接聞いてください。
奥の部屋へどうぞ」

パウロは一目散に病室へ駆け込む。

中ではベッドで上半身を起こしたゼニスが、静かな顔で窓の外を眺めていた。

パウロ
「ゼニス……」

ゼニス
「パウロ……それに、みんなも……」

エリナリーゼ
「顔色はまだよくありませんけど、意識ははっきりしているようですわね」

ゼニス
「ええ、だいぶ楽になったわ。
心配をかけてしまって、ごめんなさい……」

パウロ
「謝らなくていいから、教えてくれ。
医者になんて言われたんだ?」

ゼニス
「それは……」

パウロはベッドの傍に近づくと、真剣な顔で問いかける。
すると、ゼニスは言いにくそうに目を逸らした。

エリナリーゼ
「!!」

ゼニスの雰囲気からか、経験者の勘からか、そのことに最初に思い至ったのはエリナリーゼだった。

エリナリーゼ
「ゼニス、あなたまさか……」

ゼニス
「……ええ。私もさっき聞いて驚いたの」

ゼニス
「私、妊娠してるって――」

病室に沈黙が落ちる。
まだ実感がないのか表情の硬いゼニスを、次の瞬間、パウロは抱きしめていた。

パウロ
「………………」

パウロ
(妊娠……俺の、子供……)

ゼニスが受け入れてくれた時、父親の訃報を聞いた時、子供という存在が頭をよぎったのは事実だ。

しかし、たった一回で子供ができるとは思っていなかった。
喜びと不安が半々で、胸がざわつく。

何も言わずにゼニスをきつく抱きしめるパウロを見て、黒狼の牙のメンバーたちは視線を交わした。
そして誰からともなく溜め息を漏らす。

タルハンド
「やはり手を出していたか……」

ゼニス
「! やはりって……知ってたの?」

エリナリーゼ
「ええ、もちろん。
パウロもゼニスもわかりやすいんですもの。
みんな薄々気づいていましたわ」

エリナリーゼ
「あなたを見るパウロの目はいつも特別でしたのよ。
思えば最初からそうでしたわ。
ゼニスと出会った時の彼の顔といったら……」

ギース
「ゼニスもな。
急に料理を教えてほしいって言われてピンときたぜ。
誰かのために覚えようとしてるんだって」

ギース
「その誰かってのは、黒狼の牙の中じゃ、パウロぐらいしかいねえだろ。
まあ、まさか妊娠してるとは思わなかったけどな」

ゼニス
「全部知られていたのね……。
パウロとのこと、黙っていてごめんなさい……」

ギレーヌ
「謝らなくていい」

謝罪に首を振り、ギレーヌはゼニスに近づく。
そしてまだ変化のない腹を見下ろしながら、ポツリと問いかけた。

ギレーヌ
「いつ生まれるんだ?」

ゼニス
「今、2ヶ月半くらいだって言われたから、あと7ヶ月ちょっと、かしら……」

パウロ
「……」

パウロ
(ゼニスと真面目に向き合うって決意した日に、腹の中の子ができたっていうなら……)

パウロ
(こいつは家族の象徴なのかもしれねえ)

心の中に生まれていた不安が消える。
パウロの中に分岐点が現れて、決断を迫ってきた。
腹をくくった彼は一瞬も迷わない。

エリナリーゼ
「でも、これからどうしますの?
妊娠している以上、これまでと同じように働かせるわけにはいきませんわよ?」

ギース
「そうだよなぁ。
これから腹も出てくるだろうし、戦闘や移動が難しくなるのはわかりきってる……」

タルハンド
「パーティを1度抜けて、どうするかは出産後に、改めて考えるというのが無難じゃろう」

ギレーヌ
「なるほど……」

メンバーたちが真面目な顔で話をする。
冒険者が妊娠して引退するのは珍しいことではない。

ゼニスも覚悟しているのか、真剣な顔で仲間たちの決定を待っていた。
けれど、結果はとうに出ている。

パウロの中では、とっくに――。

パウロ
「お前ら、よく聞け」

パウロ
「黒狼の牙は解散する」

凛としたパウロが言い放った決定に、ゼニスを含めて、誰もが言葉を失った。

パウロ
「ゼニスは抜ける。俺も抜ける。
だから解散だ」

パウロ
「けど、もしもお前らが、黒狼の牙って名前を残して冒険者を続けたいなら、そうしてくれ。止めるつもりはない」

ギース
「お……ま、え!! 何言ってんだよ!?」

タルハンド
「解散!? ふざけたことをのたまうな!」

ギレーヌ
「……納得できない。
他に方法があるはずだ」

エリナリーゼ
「だいたい、パーティを解散して、あなたはどうしますの? ゼニスはともかく、パウロまで冒険者を辞めると?」

パウロ
「ああ」

パウロ
「俺はゼニスと結婚して、腰を据えて働く」

ゼニス
「え……ぁ、結婚……?」

パウロの口から飛び出た言葉は、ゼニスにとっても信じられないものだった。

パウロは腕の中のゼニスを見つめた。
顔を見ればわかる。自分よりも彼女のほうが、ずっとずっと不安だったのだ、と。

パウロ
「ああ。結婚しよう」

ゼニス
「冒険者を辞めるって……」

パウロ
「ゼニスと腹の子は俺の家族だ。
だから俺が守る。
結婚して、みんなで一緒に暮らそう」

真摯な言葉を、本心を紡ぐのは緊張するものだ。
だがそれ以上に、プロポーズの返事を待つ時間のほうが緊張した。

やがて、彼女は――。

ゼニス
「ええ」

短く、静かに、けれどしっかりと、ゼニスが頷いた。

パウロの背筋が歓喜で震える。
彼の目にはゼニスしか映っていない。

エリナリーゼ
「あなたたち……!」

ふたりだけの世界を打ち破ったのは、怒りを滲ませた仲間たちの視線と声だった。

エリナリーゼ
「っ……!!」

エリナリーゼ
「妊婦の前で怒鳴り散らす趣味はありませんの。
パウロ、表に出なさい」

パウロ
「……ああ」

女同士、かわいい妹分ということもあったのだろう。
エリナリーゼは顔に怒気を滲ませながらも、ゼニスの前で争おうとはしなかった。

ゼニスを除くメンバーたちは病室を出る。
無理やり怒気を抑えていた反動か、口火を切ったのはエリナリーゼだ。

エリナリーゼ
「この流れで『婚約おめでとう!』と、
わたくしたちが祝福できると思いまして!?」

ギース
「ああ、そうだ!
俺らの言い分は丸っと無視か?
話くらい聞けよ!」

タルハンド
「儂らが納得できるはずなかろう」

ギレーヌ
「………………」

厳しい視線と敵意が飛んでくる。
パウロは仲間たちと向かい合った。

パウロ
「俺とゼニスは抜ける。
お前らが何を言おうと変わらねえ」

エリナリーゼ
「わたくしたちのことを引き込んだのは、あなたですのよ?
それに、仲間を何よりも大事にしてましたのに」

タルハンド
「格上のパーティに喧嘩を売り、気に入らないものに否を唱える気概を、儂らは気に入っておった」

タルハンド
「まともになる? 真っ当な人間に?
随分と腑抜けてしまったようじゃな、パウロ!」

パウロ
「俺が腑抜け?」

パウロは両手を握りしめ、罵倒してくる者たちを睨みつける。
変わろうとしている自分を全否定されて怒りを抑えられるほど、パウロは大人になりきれていない。

だから、言ってしまったのだ。

パウロ
「勝手なことばっかり言ってんじゃねえ!
テメェらに俺の何がわかる!?」

パウロ
「俺は引退するって決めた!
人が決めたことにゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!
俺にとって、冒険者なんて簡単に辞められる程度のモンなんだよ!」

パウロ
「だから、お前らのことだって捨てられる。
気が合いそうだからつるんで、他に呼び方がないから仲間って呼んでただけだ」

パウロ
「俺の中で、お前らはそれほど重くねえよ。
そんなヤツらが俺の邪魔すんじゃねえ!!」

売り言葉に買い言葉というには、あまりにも痛烈で、裏切りに等しい言葉だ。

パウロの放った言葉の刃は黒狼の牙に深々とつき刺さり、修復不可能なほどの傷を負わせたのだった――。



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