パウロ外伝 修行編2話【リーリャとの出会い】


道場破りをするため、パウロたちは水神流の剣術を教える道場に意気揚々と乗りこもうとしていた。

パウロ
「んー……。
道場破りのやり方に詳しいわけじゃないけど、確かこんな風にやるんだよな?」

パウロ
「たのも――」

ラッド
「おい、パウロ!」

パウロ
「ラッド……これからって時に、やる気を削ぐように呼び止めるなよ……」

ラッド
「ああ、悪い悪い!
聞いておきたいことがあってな!」

パウロ
「? なんだ?」

ラッド
「ちょっと小耳に挟んだんだが、この町には水神流の道場が山ほどあるらしい。
全部の道場に殴りこむのか?」

パウロ
「え? 山ほどあるの? なんで?」

パウロは目をまたたかせる。
ラッドの言葉は完全に寝耳に水だった。

最初に目に入ったという理由で、この道場に乗りこもうとしていたが、複数の道場があるなら話が変わってくる。

パウロ
(俺の剣の腕を証明するためなら、道場破りの相手は1番強い道場じゃないと)

ラッド
「なんでもこの町は、水神ってのを輩出したんだと。
それで水神流の道場が次々できたって聞いたぜ」

パウロ
「ふーん、水神ねぇ……あっ!
ってことはさ、その水神がいた道場こそ、1番名門だってことになるよな?」

ラッド
「まぁ、そうなるの、か……?」

パウロ
「じゃあ決まりだ!
すぐにその道場へ行こう!
どこにあるのか手分けして探さないとな」

ラッド
「探すって、雨の中をか?」

パウロ
「? 当たり前だろう?
昨日ほどの大雨じゃないんだし。
おかしなこと聞くなよ」

パウロ
「とりあえず俺は、この道場で聞いてみるか。
お前らはお前らで情報収集な。
ってことで、よし、解散」

パウロが身をひるがえして道場へ足を進めると、背後でラッドの溜め息が聞こえた。

ラッド
「はぁ……メリーアンはパウロについてろ。
ひとりにしたくねぇ」

メリーアン
「え、ええ、わかったわ。
パウロのことはわたしが見てるから」

パウロ
(あれ? 俺もしかして子供扱いされてる?)

パウロ
(……ま、メリーアンとふたりになれるなら、べつにそれでもいいんだけどさ)

そしてパウロはメリーアンとふたり、水神流の道場の門戸を叩いた。

パウロ
「たのもう!
この辺で1番強い道場がどこなのか、教えてほしいんだけど?」

そんな聞き方をされて、よその道場の名前を出す人間などいるはずがない。

案の定、話を聞きに来ただけの道場で、パウロは道場破りをすることになったのだった。

メリーアン
「………………」

メリーアン
「パウロって本当に強いのね……。
道場で毎日稽古している相手にも勝っちゃうなんて……」

パウロ
「俺が負けると思った?
それに、水神流の使い手に教わっていたことがあるんだ。
この程度のヤツらならどうにでもできる」

実際にパウロは道場をひとりで乗っ取り、ラッドたちが情報を持ってくるのをのんびりと待っていた。

パウロ
「剣の道には終わりがなくて、極めるまでの長い間、修行しなくちゃいけないんだって。
でも修行したら必ず報われるとも限らない」

パウロ
「ここのヤツらみたいに、ある日突然現れた天才に一瞬で負けて、無力さと才能のなさを痛感させられるかもしれない」

メリーアン
「パウロ……なんだか、あなた変わったわ」

パウロ
「え? 変わったって、どこが?」

メリーアン
「上手く言えないけど、なんだか――」

スラム街の悪ガキA
「パ、パウロ……!
大変だ! 早く来てくれ……!」

メリーアンが何か言いかけた時、慌ただしい足音と共に少年が駆けこんできた。

パウロ
「騒々しいな……って、え?
怪我してるのか? どうしたんだ?」

スラム街の悪ガキA
「オレの怪我なんてどうでもいい!
それよりラッドさんが……!
ラッドさんが大変なんだよ……!」

パウロ
「!! ラッドが? どこだ?」

スラム街の悪ガキA
「ここから少し行ったところの道場だ!
急いでくれ……!!」

パウロ
「ああ、わかった。
メリーアンはここにいて。
お前も念のために残って――」

メリーアン
「ううん、わたしも行くわ。
兄さんに何かあったのなら、ここで待っているだけなんてできない」

パウロ
「……そっか、そうだよな……。
わかった、一緒に行こう。
おい、案内しろ」

スラム街の悪ガキA
「こっちだ!!」

少年に先導されて道場に到着すると、ちょうど男たちの歓声が上がった。

パウロ
(あれは……)

道場の端にはパウロに同行する青少年たちが倒れており、中心では、ラッドが血まみれで戦っている。

メリーアン
「兄さん……!」

スラム街の悪ガキA
「情報を聞こうとして乗りこんだら、勝ったら教えてやるって言われて……。
ラッドさん以外、みんなやられちまった……!」

パウロ
「ラッドはなんで苦戦してるんだ?
確かに相手の腕も立つみたいだけど、ラッドほどじゃないだろう?」

スラム街の悪ガキA
「相手は……もう何人目かわからねぇ……」

パウロ
「は?」

スラム街の悪ガキA
「門下生のヤツら!
何人目でラッドさんが倒れるか、みんなして賭けてやがるんだよ!!」

パウロ
「そんなの相手にしなければいい。
なんでラッドは戦ってるんだ?」

スラム街の悪ガキA
「わかんねぇのか!?
ラッドさんは仲間をやられて、おとなしく引き下がるような人じゃねぇんだ!」

パウロ
「………………」

パウロはラッドを見る。
体力が削られているのか普段よりも動きが鈍い。

パウロ
(水神流は防衛特化の剣術だ。
連戦すればこっちの体力が削られていく)

パウロ
(それにラッドは、北神流に近い、周辺のものを利用する戦い方だから……)

パウロ
(道場の中心なんて、利用できるものがほとんどない場所じゃ、力を発揮しきれない)

門下生たちが楽しそうに声を上げている。
ラッドは気にする余裕もないのか、ひたすらに剣を振っていた。

パウロ
「おい」

スラム街の悪ガキA
「なんだ?」

パウロ
「メリーアンをつれて、さっきの道場に戻っててくれ」

メリーアン
「!! 何をするつもりなの?」

パウロ
「君がいたらできないこと。
だから早く行くんだ」

メリーアンは迷うようにラッドとパウロを順に見る。
答えを聞いている暇はない。
パウロはメリーアンを少年に押しつけた。

パウロ
「つれて行って。
そのあとは戻って来なくていい。
メリーアンの安全を第一に考えるように」

スラム街の悪ガキA
「ッ……わかった……!
ラッドさんたちを、頼んだぞ!」

メリーアン
「パウロ……っ!」

少年に引きずられるように、メリーアンが道場から離れていく。
姿が完全に見えなくなったところで、パウロは剣を握ってラッドたちの間に飛びこんだ。

ラッド
「!! パウロ……!?」

パウロ
「馬鹿正直に一対一で相手にするからだ。
お前の戦い方なら、混戦や乱闘に持ち込んだほうがいい」

ラッドに告げるのと同時。
パウロは目の前の門下生を襲撃して吹き飛ばした。

パウロ
「ここからは俺が相手だ!
お得意の道場剣術でやれるもんならやってみな!」


混戦。乱闘。
門下生たちは道場でそのラフな戦法の対処法は学んでいるものの、修行が足りず対処できなかった。


最初はにやけていた門下生たちの顔も、パウロが瞬時に数人を叩き伏せた時から余裕のないものに変わった。

パウロ
「あるものはなんでも使え!
桶でも花瓶でも額縁でも、お前にとっては武器なんだから!」

ラッド
「うるせぇ!
手元になかったんだから仕方ねぇだろ!」

パウロ
「だったら外にでも飛び出せ!
道場の中心?
なんにもないとこでバカみたいに戦うな!」

さっきの道場よりも腕利きが集まっている。

それでも慣れない戦いを強いられる中、息を吹き返したラッドと、圧倒的な力を見せるパウロの前で、門下生たちが勝利の雄叫びを上げることはなかった。

真っ二つに割れた看板を背に、パウロたちはその道場をあとにしたのだった。

メリーアン
「兄さん……!」

奪って根城にした道場に到着すると、メリーアンが駆けよって来てラッドに抱きつく。

パウロ
(チェッ。ラッドじゃなくて、俺に抱きついてくれてもいいのに)

ラッド
「心配かけたな……」

メリーアン
「無事ならいいの……。
それよりみんな傷だらけだわ!
手当てしないとね」

道場ということもあり手当ての道具は揃っていた。
メリーアンがちょこちょこ動きまわって、青少年たちの手当てをしていく。

メリーアン
「はい、これでいいわ。
でも傷が開いたら大変だから、しばらくは安静にしないとダメよ」

パウロ
(……おもしろくない)

パウロ
(なんで怪我しただけで、ロクに戦ってないヤツがベタベタしてもらえるんだ?)

この苛立ちには既視感があった。
母親が幼いピレモンに構ってばかりいた頃、胸に巣食っていた感情に似ている。

パウロ
「……チッ、お前ら情けないぞ」

ラッド
「おい、パウロ……」

パウロ
「水神流のヤツら相手に、まともに勝負できたのはラッドだけ。
他はあっと言う間にやられたんだろ?」

パウロ
「お前ら、弱すぎるよ。
たったひとつの情報を集めることもできないなんて、役に立たないにもほどがある」

パウロは淡々と言葉を紡いだ。
道場の中は沈黙が流れて、空気が重くなる。

メリーアン
「はいはい、そこまでよ!」

その場に漂う悪い空気を払拭させるように、メリーアンが明るい声を上げた。

メリーアン
「パウロ、みんな怪我してるのよ?
あんまり強く言っちゃ可哀想だわ。
責めるのはそのくらいにしておきましょう?」

ラッド
「そうだぜ、パウロ。
結果的にお前に負担をかけちまったことは、オレの落ち度だ。すまなかったな……」

パウロ
「ラッドのせいじゃないだろう?
お前は最後まで戦ってたし、誰にも負けなかったんだから」

ラッド
「それでもボスに情報収集を任されて、オレが引き受けたんだ。
任務失敗は謝らねぇと……だろ?」

パウロ
「……そう思うなら、次からはもっとしっかりしてくれ」

スラム街の悪ガキA
「お前ッ!」

パウロがラッドを見据えながら言うと、少年のひとりが声を上げた。

スラム街の悪ガキA
「黙って聞いてば、さっきからその言い草は――」

ラッド
「やめろ!
パウロは何も間違ったことは言ってねぇだろ!」

ラッド
「失敗して、ボスに尻拭いさせた。
それは明らかにオレらの不手際だ。
違うか?」

スラム街の悪ガキA
「そ、それは……」

パウロ
(なんというか……)

パウロは青少年たちを見て、全員が同じような顔をしていることに気づいた。

パウロ
(どいつもこいつも、俺への不満たらたらって顔だな)

ラッド
「パウロ、こいつらには、オレからちゃんと言って聞かせておく。
今日は本当に悪かったな……」

パウロ
「……いいよ。
これ以上、お前が謝ることはない」

そう言いはしたが、まだ腹の底で苛立ちが燻っている。
少し気分を変えようと、パウロがその場を去ろうとした時――。

メリーアン
「……ぁ……」

ドサッ、と。

背後で何かが崩れ落ちる音がした。
パウロたちが音のほうを見ると、メリーアンが倒れていた。

パウロ
「!! メリーアン!?」

ラッド
「ど、どうしたんだ!?」

パウロは慌てて駆けより、メリーアンの傍らに膝をついて彼女を抱きかかえる。

メリーアン
「っ……なんでも、ないわ……。
少し眩暈が、しただけよ……」

彼女はそう言うが、息は荒く、額には汗が浮かんでいた。

パウロ
「なんでもないわけないだろ!
ひどい熱だ……!」

ラッド
「!! メリーアン!
お前、いつから熱があった!?」

メリーアン
「兄さん……大丈夫……。
ほんとうに、だいじょうぶ、だから……」

メリーアン
「………………」

パウロ
「メリーアン! メリーアン!!」

名前を呼んでも返事はない。
メリーアンは気を失ってしまったようで、腕の中で彼女の身体が脱力する。

パウロ
(意識がない? どうして?
なんで? いつから熱が?)

疑問が次々に浮かんでは消え、心臓は嫌に早く鼓動を刻んでいた。

パウロ
「メリーアン、なんで……」

ラッド
「ッ、貸せ、パウロ!
医者につれてく!」

パウロ
「ぁ……」

ラッドがパウロから奪うようにメリーアンを抱き上げて、道場を飛び出して行った。

他の者たちも怪我を負った身体で、ラッドのあとに続いて行く。
そこに残ったのはパウロひとりだった。

パウロ
(一瞬……気を失ったメリーアンに、母様の姿が重なった……)

母、バレンティナは身体が丈夫ではなく、軟禁されたパウロの元へ毎晩遅くに通っていたことと、心労がたたって早逝した。

パウロ
(そういえば……)

パウロ
(メリーアンも、身体が弱いって、言ってなかったか……?)

パウロの顔から血の気が引いていく。
ハッとして立ち上がり、メリーアンの元へ行こうとした、のだが……。

???
「イキのいい道場破りのガキってのは、おまえさんで合ってるかい?」

パウロ
「!」

パウロ
(こいつ、気配がなかった……?)

すぐ近くに迫ってくるまで、 その男の存在に気づかなかった。

パウロ
(声をかけられなかったら、今でも気づいてなかったかもしれない……)

警戒しつつ剣を握る。
相手との距離を計っていれば、男がおかしそうに「ハハッ」と笑った。

???
「いい警戒心だ。
道場の外で始めの合図はないからな。
おまえさんは実戦を知ってるってことだ」

???
「おれのこと探してたんだろ?
――と、正確に言やぁ、うちの道場を探してたんだろ、か」

パウロ
「!! じゃあお前が、水神がいた道場のヤツってことか?」

???
「いやいや、水神がいた道場は、とっくの昔に潰れちまった。
何せ水神を受け継いだ奴が出て行ったからな」

???
「誰が次の師範になるだとか、残った奴らでくだらない争いを繰り広げた結果、分裂しちまったってわけよ」

???
「おれは水神と同期でな。
分裂して道場がなくなっちまったあとは、自分の道場を開いて、今に至る」

男が剣を持ったまま、両腕を開いた。
どこからでも攻撃できそうな格好なのに、隙がまったくない。

???
「自慢じゃないが、この辺りだと1番の道場だ。
……つーことで?
おまえさんが探してたのは、うちなんだろ?」

パウロ
「探してたけど、今はどうでもいい」

パウロ
(こっちはそれどころじゃないんだよ!)

今は一刻も早くメリーアンのところへ行きたかった。
ラッドは医者につれて行くと言っていたが、それがどこなのかは、まったくわからない。

パウロがどうやって男を突破して、道場を出ようか考えていると、男が不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

???
「どうでもいい?
はぁ? 何言ってんだ?」

???
「こちとらな、いい歳してるってのに、ワクワクでおまえさんを探してたんだ。
見つけた途端にサヨナラとはいかないんだよ」

パウロ
「俺を探してた?
道場破りの落とし前をつけろってことか?」

???
「はぁ? なんでおれがよその道場の、落とし前をつけさせなきゃならんのだ?
いくら友人の道場だからって、そこまで世話を焼く理由はない」

パウロ
「? 余計にわからないな……。
それならどうして、俺を探してたんだ?」

???
「そりゃもちろん、おまえさんに興味があったからだ」

???
「おまえさんが看板を真っ二つにした道場の師範、おれの古い友人でな。今日は久々に会ったもんで、あいつの道場で飲もうって話になってたんだ」

???
「で! 道場に行ってみりゃ、あの惨状よ。
道場はボロボロ、看板は真っ二つ、門下生は全員やられてた」

???
「あいつは師範だから怒ってたが、おれは胸が震えたね。
面白い奴が現れた! ってな!」

自分の父親以上に年齢を重ねた男が、まるで子供のような顔をしている。

パウロ
(気持ち悪いヤツだな。
目的がまったく読めない……)

パウロ
「……考えてもムダか」

パウロ
「なんでもいい! そこを退け!」

???
「嫌だと言ったら?」

パウロ
「押し通る!」

パウロは強く地面を蹴った。
男へ一直線に飛びかかり、剣を振るう。
狙いは急所。

パウロ
(時間はない。一撃で決める!)

剣が空気を裂き――。

???
「なるほど! 想像以上だ!」

パウロ
「なっ……!?」

パウロの放った一撃はあっさりと受け止めらた。
男は余裕の顔でニヤリと笑う。
パウロの剣が予期せぬ方向に滑った。

パウロ
(今……何かされた……!?)

何が起きたか理解できない。
考える前に剣を弾かれ、鋭い一撃が返ってくる。

パウロ
「クソッ……!」

カウンターだ。
なんとか避けて後方に飛びのいたが、心臓が早鐘を鳴らしていた。

???
「ハハッ、今のを避けたか!
あの道場の門下生程度じゃ相手にならないはずだ!」

パウロ
「こいつ……、
ただのおしゃべり野郎じゃないってことか」

パウロ
(でも、いける。
もう一歩踏み込めば刃が届く!)

???
「来るか」

さっきよりも早く、強く。
パウロは攻撃を繰り出した。

パウロ
「え……?」

何が起こったかわからない。
気づけばパウロは壁まで吹き飛ばされていた。

パウロ
「ぐ……ッ!」

身体を起こそうとして、腹部が痛む。
そこで初めてパウロは、男のカウンターが腹に決まったのだと気づいた。

???
「? おっかしいなぁ……。
今ので完全に意識を刈り取れると思ったんだが……。
おまえさん、よく動いたな?」

パウロ
「ッ、な……?」

???
「無意識か? ふむ……」

???
「太刀筋と動きは剣神流だ。
でもおまえさん、水神流の心得もあるな?
でなきゃ咄嗟に回避行動に入ったりできない」

パウロ
「……っ、だったら、なんだ?」

パウロ
「どうでもいいから……そこを退け!!」

完全に頭に血が昇っていた。
パウロは対策も打たずに飛びこんでいく。

???
「だったらなんだ、だって?
そんなの決まってんだろう?」

???
「ますます欲しくなったって話だ!」

パウロの意識があったのはそこまでだ。

何をどうされたかわからないまま、次に意識がはっきりした時――。

パウロの視界に入ったのは、見知らぬ天井と見覚えのない少女の顔だった。

パウロ
「!?」

???
「きゃっ!」

状況を把握する前にパウロは飛び起きて、少女を拘束し、今まで横になっていたベッドに押さえつける。

???
「っ、離してください!」

パウロ
「うるさい! 誰だ!?
あいつは!? ここはどこなんだ!?
俺はどうしてここにいる!?」

???
「うるさいのは、あなたでしょう!
ッ、退いて……!」

パウロ
「俺の質問に答えろ!」

パウロは混乱していた。
道場にいたはずなのに目が覚めたら知らない部屋にいたのだから当然だ。

???
「お? 声がしたけど、目が覚めた……か?」

ドアが開いて男が入ってくる。
彼は笑みを浮かべていたが、中の様子を見て、目を見開き――。

???
「なんだ? おまえさん、もうリーリャとそういう関係になったのか?
ハハッ、やるなぁ!」

リーリャ
「父さん! 変なこと言ってないで、早くこいつをどうにかして!」

パウロ
「リーリャ?」

???
「ああ、おれの娘だ。
っと、そういや自己紹介がまだだったな。
おれはオーガスタ」

オーガスタ
「おまえさんをコテンパンにして、かどわかして来た男だ!」

パウロ
「かどわかし……。
俺は攫われたってことか」

オーガスタ
「そういうこと。
それで? おまえさんの名は?」

パウロ
「……パウロ」

オーガスタ
「パウロ! パウロか!
うんうん、いい名前じゃないか!」

オーガスタ
「お互いに積もる話もある。
つーことで、とりあえずうちの娘を離してくれないかい?」

パウロ
「………………」

パウロは逡巡する。
武器もなければ、現状も把握できていない状態で、敵の娘が手中にあるというのは大きい。

パウロ
(離すってことは、あいつに対して、俺の手札がなくなるってことだ)

拘束している少女を見下ろす。
負けん気は強そうだが、整った顔の少女が、意思のしっかりした目でパウロを睨みつけていた。

パウロ
(……クソッ!)

パウロは半ばやけくそな気持ちで、リーリャの上から降りて彼女を解放する。
そして、自分をここへつれて来た男と向かい合った。

パウロ
「ここはどこだ?」

オーガスタ
「おれの家、兼、道場だな」

パウロ
「つれて来た目的は?」

オーガスタ
「簡単な話だ」

パウロが気持ち悪いと感じる子供のような笑みで、オーガスタが笑った。

オーガスタ
「おまえさんを、弟子にする。
今日から道場に住み込みで入門しなさい」

パウロ
「……は!?」

リーリャ
「父さん! 冗談でしょ!?
どうしてこんなやつを入門させるの!?
うちの道場の恥になるわ!」

パウロ
「いやいや! なんで入門する前提で話すんだ!?
俺は入門なんてしないぞ!?」

パウロ
「俺は旅をしてるんだ!
一か所に留まるなんて冗談じゃない!」

パウロ
「それに、俺に合ってるのは剣神流の剣術だ。
水神流の剣術なんて、修得するつもりはない!」

とんでもないことを言われて、ひどい目に合いそうな気配を察知したパウロは、声を荒げて反対する。

オーガスタ
「おまえさん、今いくつだ?」

パウロ
「12歳、だけど……」

オーガスタ
「12だと!? まだまだガキだな!
その歳で自分に合ってる剣術が何かなんて、わかるモンじゃないだろう?」

オーガスタ
「これから身長も伸びれば、体重も増える。
体格が変われば扱いやすい剣術も変わるし、少しかじった程度で、向き不向きを判断できると?」

パウロ
「それは……」

オーガスタ
「住み込みって言ったって、べつに家事やらを手伝えとは言わない。
タダで剣術を教えてやろうって提案だ」

オーガスタ
「パウロ、おまえさんにとって、悪い話じゃないと思うが?」

美味い話には裏がある。
それは貴族として生きていた頃に、漠然と身についていた危機意識だ。

パウロ
(こいつはおしゃべりだけど、腹の中をつい漏らす……ことはなさそうだ)

信頼できない相手の提案だが、力ずくで断ることはできないだろう。
何せ相手はパウロを誘拐できるほどの実力者だ。

パウロ
(それでも、いつまでもここにはいられない)

パウロ
「せっかくの申し出だけど、断る。
俺には行くところがある」

オーガスタ
「行くところ? どこだ?」

パウロ
「……医者のところ。
一緒に旅してる子が体調を崩して、医者にかかってる」

強行突破も裏をかくこともできないと判断し、パウロは正直に理由を話した。
するとオーガスタの顔がみるみる強張り……。

オーガスタ
「そ、それを早く言わないかい!
どこだ!? どこの医者にかかってるんだ!?」

パウロ
「え……?」

オーガスタ
「おまえさんがいた道場から1番近いところってなると……四つ角の先か!
リーリャ! 案内してやりなさい!」

リーリャ
「私が案内するの?
父さんが攫ってきた子でしょう?
父さんが責任もって面倒見て」

パウロ
「俺は犬か猫か?」

パウロ
「……べつに案内しなくてもいいから、元いた場所までの道を教えてくれ。
あとは自分で勝手に探す」

オーガスタ
「ハハッ、冗談!
そう言って逃げるつもりだろ?」

図星だった。
パウロは顔をしかめる。

パウロ
「俺が逃げるって線を読んでるくせに、娘に案内させようって?」

オーガスタ
「んん? 不思議かい?」

オーガスタ
「押し倒せたからたいしたことないと思っているんだったら、それは見る目がないぞ。
剣を持たせれば、リーリャは一流の剣士だ」

パウロ
「この子が?」

リーリャ
「何か文句でも?」

パウロ
「文句なんてないけど……」

少し落ちついて、よくよく彼女を見てみれば、出るところが出て、引っ込むところが引っ込んだ、
パウロが好む身体つきの女の子だ。

パウロ
(しかも、すごく可愛い)

ジッと見ていれば、鋭い目で睨みつけられる。

オーガスタ
「……まぁ、リーリャが嫌だってなら、おれがつれてってやるしかないな。
よし、行くぞ、パウロ」

パウロ
「………………」

現在地がわからない以上、オーガスタについて行くしかない。
パウロは無言で彼の背中を追った。

見覚えのある道場を過ぎ、四つ角の先にあった小さな個人病院。
そこには顔色の悪いラッドたちがいた。

パウロ
「ラッド」

ラッド
「パウロか……」

パウロ
「……メリーアンの容体は?」

ラッド
「今すぐ命がどうこうってことはないらしい。
ただ、かなり衰弱してるってよ……」

おしゃべりな男は空気を読んだのか、病院に入らず姿を消した。
パウロはラッドの隣に立って話を聞く。

ラッド
「あいつは元々身体が強くなくてな。
親ってのがいない分、スラムにいた頃はオレがずっと傍で守ってた……」

ラッド
「成長して体力もついて、安心してたんだ。
すぐに熱を出して死にそうになる妹は、もういねぇんだって……」

パウロ
「そうじゃなかったってことか?」

ラッド
「ああ。初めての旅だ。
体力面でも精神面でも無理してたんだろう……。
そこに、昨日の雨ときた」

パウロ
「……すまない。
俺が雨の中、出発したから……!」

唇を噛み締める。
自分への怒りが抑えられず、パウロは思い切り病院の壁を殴りつけた。

パウロ
(母様だけじゃなく、メリーアンまで俺のせいで……!)

ラッド
「お前のせいじゃねぇよ」

パウロ
「え……」

怒鳴られて、殴られる覚悟もあった。
それなのにラッドは語気を荒げることもなく、青白い顔で虚空を見つめている。

ラッド
「オレのせいなんだ。
妹の体調よりも、自分の欲を優先してた」

パウロ
「ラッドの欲……?」

ラッド
「お前が来るまで、オレはずっとボスだった。
妹守って、スラムの仲間を守って、常に強者でなきゃいけなかったんだ」

ラッド
「でも、正々堂々とやり合った戦いでお前に負けて、オレはその時に初めて、肩の力を抜くことができた。
ボスの座を譲って、気持ちが楽になったんだ」

ラッド
「自分より強いヤツに荷物を預けられて、ホッとした。
これでオレは自由になった! ってな……」

ラッド
「そんな風に思うなんざ、最低のボスで、最低の兄貴だろ?」

パウロ
「……そんなことない。
誰だって自由になりたくて、全部捨ててしまいたくなる時はある」

パウロ
「実際に俺は何もかも捨てたしな。
……でもラッドは捨ててないだろう?
今でもちゃんと守ってる」

ラッド
「そう思うか?」

パウロ
「ああ」

ラッドの気持ちは痛いほどよくわかった。
おそらく彼は責任と自由の狭間で藻掻いている。
パウロも似た経験をし、その時は自由を取った。

パウロ
(ラッドは、たぶん……)

パウロはフッと息を吐く。
どっちを選んでも後悔するだろう決断を迫られている。

パウロ
(俺がここまで来れたのは、ラッドのおかげだ。
そんな人に俺ができること……)

パウロ
「ラッド、メリーアンをつれて帰れ。
旅はここまでだ」

ラッド
「パウロ……」

パウロ
「俺にお前はいらない。
ああ、餞別に金は全部持ってっていいぞ。
スラムでも、どこかの農村でも、好きなところに行けよ」

スラム街の悪ガキA
「おい! なんだよ、その言い方!」

パウロとラッドの話が聞こえていたのか、少し離れたところにいた子供たちが
ゾロゾロとやって来る。

スラム街の悪ガキA
「ラッドさんはお前を支えてくれてたのに、そんなにあっさり切り捨てるのか!?」

ラッド
「!! お前ら、やめろ!」

スラム街の悪ガキA
「ラッドさん!
どうしていつもコイツをかばうんですか!?
コイツはラッドさんのことを――」

ラッド
「そうじゃねぇだろ!
なんでわからないんだ!?
パウロはオレを――」

パウロ
「うるさいなぁ。
ここがどこかわからないのか?
病院で騒ぐなよ」

パウロ
「ああ、そうだった。
ラッド、そこにいるヤツらもつれて行ってくれ。
弱いヤツが一緒にいると動きにくい」

パウロは「フン……」と、鼻で笑う。
わざとらしい嘲笑だったが、頭に血が昇った子供たちには有効的だった。

スラム街の悪ガキA
「頼まれたって一緒に行くか!
オレたちはお前じゃなくて、ラッドさんについて来たんだ!!」

パウロ
「ああ……知ってたよ。
お前らが俺をボスだって認めてないことは。
認めてたのはラッドだけだろう?」

名前の呼び方だってそうだ。
意図してかどうかは不明だが、ラッドにはさん付けで、パウロは呼び捨て。

パウロ
「まぁ、今となってはどうでもいいけどな」

パウロは肩をすくめると、ラッドたちに背を向けた。

ラッド
「!! 行くのか?
メリーアンに会わずに?」

パウロ
「会う理由もないしな。
俺のことなんてさっさと忘れて、静かなところで暮らすように言っておいて」

パウロ
「ラッドも早く忘れたほうがいい。
もともと生まれも育ちも違う相手だ。
関わるはずもなかった」

ラッド
「そんな風に言うなよ。
オレたちは仲間だ」

パウロ
「正確には仲間だった、だけど」

パウロ
「……じゃあな。
もう二度と会うこともないだろうけど、元気にやれよ」

背を向けたままだったから、最後までラッドの顔は見えなかった。

パウロ
(ん……これで良かった)

パウロとメリーアンのどちらを選ぶか……。
厳しい選択を迫られていたラッドから、選択肢自体を奪うのが正しいことかはわからない。

けれどパウロには、ラッドに報えるそれ以外の方法は思いつかなかった。

パウロが病院を出ると、気配もなくオーガスタが現れた。

オーガスタ
「おまえさん、吹っ切れた顔をしてるな。
身軽になったってことかい?」

パウロ
「どうだろうな」

オーガスタ
「いやー、良かった良かった!
これでなんの憂いもなく門弟になれるな!」

パウロ
「は? 門弟なんかになるわけないだろう?」

オーガスタ
「よし! 今日からさっそく修行だ!
道場に行くぞ!」

ガシッと腕を掴まれる。
振り払おうとするが、ものすごい力だった。

パウロ
(ビクともしない……)

パウロは引きずられるように、オーガスタが師範を務める道場につれて行かれる。

名門ということもあり、集まっている門下生の数は多い。
その中にはリーリャもいた。

リーリャの家の門下生A
「師範! おはようございます!!」

オーガスタ
「ああ、おはよう。
もうみんな集まってるみたいだな」

リーリャの家の門下生A
「? あの、師範? その子供は……?」

オーガスタ
「ああ、紹介しよう。彼はパウロ。
今日からうちの門下生になる」

パウロ
「いやいや、何言ってんの?
門下生になるなんて一度も言ってないだろ。
道場剣術に興味はない」

忌憚のない正直な気持ち。
それを口にした瞬間、道場の中の空気がぴりついた。

リーリャの家の門下生B
「随分と生意気な口を叩く子供だな。
師範、礼儀も何も知らない者を入門させるなど、本気ですか? ……私は反対です」

オーガスタ
「ハハッ、道場というのは、剣術だけでなく、礼儀も教えてやる場所だ」

リーリャの家の門下生B
「それは……そう、ですね。
口さがないことを申しました……」

パウロ
(当事者を無視して話が進んでくな……。
まぁ、どうでもいいけど)

パウロ
(名前だけ門下生になっても、稽古に参加しなきゃいいだけの話だしな)

パウロは当初ほど拒否感を表に出さず、少しだけ前向きになって考えていた。

何せ現在のパウロは一文無しの状況だ。
住み込みで生活させてもらえると言うなら、ここを拠点に金を稼ごうと思っていた。

パウロ
(もっともそれは、あいつらがここを出てからになるだろうけど……)

パウロ
(メリーアン……俺には君の幸せを望む権利なんてないけど、せめて、君が健やかに生きていけますように……)

顔を合わせることなく別れることになった、彼女。
母親とも最期の別れを交わせなかったパウロは、そう祈らずにはいられなかった――。

ところ変わって……。

ベッドの上に身体を起こして話を聞いていたメリーアンは、静かに目を伏せた。
閉じた目蓋の間からひと筋の涙が溢れる。

メリーアン
「そう……お別れも、お礼すらも言わせてくれないのね……」

ラッド
「メリーアン、パウロはオレのためを思って――」

メリーアン
「わかってるわ。
パウロは、妹と友人のどっちを切り捨てるかなんて、兄さんに選ばせたくなかったのよ」

メリーアン
「だから、代わりに選んでくれた……。
そうなのよね?」

ラッド
「ああ……」

メリーアン
「……ふふ、優しい人」

メリーアン
「わたしね、最近のパウロは、変わってしまったんだと思ってたの」

メリーアン
「貴族だった頃にだって、
パウロはスラムの人を見下したりしなかった。
それなのに最近は……みんなを見下してるみたいだったから」

ラッド
「あいつは、常に人といることに、慣れちゃいねぇみたいだったからな」

ラッド
「そこに急にボスの責任を押しつけられて、自分より力が劣るヤツらの面倒を見ろなんて言われて、ピリピリしちまってたんだろ」

メリーアン
「そう、ね……」

メリーアン
「……ねぇ、兄さん……。
わたし……少しくらいは、彼を支えることができていたのかしら……?」

ラッド
「当たり前じゃねぇか。
お前ほどの女はどこ探してもいねぇ!
オレが保証してやらぁ!」

メリーアン
「ふふ、ふ……ふ……。
兄さんに、保証されてもね?」

狭い病室に兄妹の涙混じりの笑い声がこぼれた。

そののち、ふたりはミルボッツ領のスラムに戻るが、数年後には長閑な農村に移住することになる。

村長に気に入られたラッドは村長の娘と結婚。
三男一女をもうける。

メリーアンはあまたの男たちに求婚されたが、誰ひとりとして受け入れることなく、生涯、独身だったという――。



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